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普通学級の子ども達にお話ししました


北海道小鳩会30周年記念一泊旅行を終えて
豊平区 O訓江
 娘の1・2年生の時の担任の先生より依頼を受けて、先生の現在勤務している学校で、小学校5年生を対象に、“障がいのある子の親“としてお話させていただきました。

 授業の一環で、子供たちは事前に生命の誕生に関するビデオ鑑賞をし、自分自身の誕生に関して、☆名前の由来☆誕生時の身長・体重☆お腹にいたときの様子☆誕生まで、生まれてからの親の気持ちを、取材済みでした。その中で、流産により兄弟を失っていた事を知った子や、ダウン症の兄弟を亡くした子、自分自身が危険な状態で生まれた事等を知った後にお話を聞いてもらいました。

 はじめまして。小野寺です。私には9歳の娘がいます。ダウン症です。

 最近テレビで、ダウン症の秋雪くんという男の子が主人公の番組が放映されたので、知っている人もいるでしょうか?

 今日は、私たち家族のこと、あやねとお友達のことを少しお話ししたいと思います。

 あやねは平成7年8月12日生まれの9歳の女の子です。

 あやねは、お腹の中で、とっても順調に大きくなりました。初めてお腹の中で動いたのも早く、元気な赤ちゃんだなと、とても嬉しかったです。話しかけると答えてくれるかのようにぐるぐると動くので、いっぱい話しかけていました。お腹の赤ちゃんが男の子か女の子か聞かずにいたので、お腹の中にいるときの名前は「ちょび」でした。お母さんのお腹の中にはいるけれど、お母さんの一部ではなくて、もうちゃんと一人の人間として自分のしたいことしている「ちょび」に早く会いたくなりました。どんな顔なのかな・どんな声なのかなととっても楽しみでした。

 おばさんのお友達の中には、赤ちゃんが生まれてくることが出来ず、お腹の中で死んでしまう、という悲しい体験をした人が何人もいましたから、「ちょび、生まれてきてね!会いたいよ!」といつも話しかけていました。

 そして、待っていた日は訪れました。病院に着いて3時間後の平成7年8月12日、身長48cm、体重3265gの、まるまるとした女の子が誕生しました。生まれた時の泣き声がほんの少しで、眠たそうにしていたのがちょっと気になったけれど、生まれてきてくれたことで、ほっとしました。

 生まれた次の日、他の赤ちゃんはお母さんの元に来るのだけれど、「ちょび」は保育器という、温度の保たれたプラスチックの箱の中で眠っていました。1日たって、お父さんから「ちょびが、ダウン症候群かもしれない。ダウン症の子供の半分くらいは心臓の病気をもっているので、保育器で様子をみているんだよ。」と聞きました。おばさんはショックで、泣き出しました。「ちょびが死んじゃったらどうしよう。」と1番最初に思ったからです。本当のことなのか、夢の中のことなのか判らなくなっていました。障がいのある子供のお母さんになるとは考えていなかったし、お腹の中で元気だったのになぜ、家に障がいのある子が生まれてきたのだろう。と考えては悲しくなったりしましたが、お父さんも・おじいちゃんも、おばあちゃんも、おばさんの友達も、みんな心から「ちょび」が生まれてきてくれた事を喜んでくれました。

 だって今、目の前で手足を動かしておっぱいを飲んで一生懸命生きている可愛い命があるのですから、大切にしたいと強く思いました。

 病院を退院する前の日、お父さんが名前を考えて決めました。名前は郁音。「あでやかな知らせ」という意味です。生まれてきてくれたということ、その事だけで私たち家族にとって大きな喜びでしたから、その気持ちが名前になりました。

 あやねがダウン症とはっきり判ったのは、生まれてから1ケ月が過ぎてからです。血液検査をして、染色体の数を調べるとわかるのです。

 染色体って初めて聞いた言葉かもしれないね。少し説明します。

 みんなの中には、目や口がお父さんに似てるとか、性格がお母さんにそっくりといわれる人がいるでしょう、親から子供へ遺伝子というものを受け渡しているからなんです。遺伝子は体の設計図で、顔になるところ、目になるところ、心臓になるところ、手や足や髪の毛になるところなど、体の全ての部分には設計図があって、その設計図全てが収められているところが染色体です。染色体は、ひとつの細胞に23対46個ありますが、ダウン症は21番目の染色体が1本多いのです。たったそれだけで、心臓の病気・腸の病気・関節の病気・目・耳の病気になる可能性が強まったり、発達がゆっくりという、体の設計図になっているのです。ダウン症の人たちの顔や体つきが似ているのも、この設計図のためなのです。

 このダウン症という名前は、正式にはダウン症候群といいます。色々な似た症状を持つ人たちの総称です。発見者のラングドン・ダウン博士の名前からつけられました。

 ダウン症の子供は世界中どこで調べてみても、だいたい1000人赤ちゃんが生まれると、その中に1人ダウン症の赤ちゃんが生まれています。設計図が少し違ってしまうということは、ほんとに偶然の事故のようなもので、誰にでも、生きているもの全てに起こっておかしくない事故なんです。他の番号の染色体にも様々な事故が起きる事があります。

 おばさんも、そのことを知るまで、「どうして?何か悪いことをしただろうか?」なんて色々考えていましたし、染色体を調べる検査の結果が出るまでは、「間違いだったらいいな。」と思っていました。障がいがあると、子供もその親も不幸だと思っていたからです。

 病気に罹りやすかったり、歩くのも・おしゃべりができるようになるのもゆっくりなので、みんなと一緒に遊んだりできないのではないかと思ったのです。

 障がいがあると、誰もお友達になってくれなくて、ひとりぼっちでさみしい思いをするのじゃないかととっても心配でした。

 幸いあやねは、検査をしても病気はなく、元気に成長しました。中耳炎になって耳鼻科にかよったり、風邪をひいて熱を出したりはもちろんありましたが。

 みんなが小さかったとき何して遊んでいたかな?公園で砂遊びや滑り台、泥んこ遊びに水遊び。あやねも同じです。今も大好きで、小さい頃からあやねが特に大好きなのは、本を読むこと。生まれて3〜4ケ月の頃から絵本の読み聞かせをしていたら、だんだんお気に入りの本ができてきて、「きんぎょがにげた」「かおかおどんなかお」が特にお気に入りでした。

 生後6ケ月の頃から、生まれつき体の筋肉が柔らかいので、筋肉を強くして自分の思うように動けるように運動訓練というのを、歩けるようになるまでしていました。

 おもちゃや大きなボールを使って遊びながら発達を促すものです。

 食べ物をきちんと噛んで食べたり、おしゃべりが上手になるように、舌の使い方や唇の使い方、顔の筋肉もうまく動くように、耳がちゃんと聞こえているかを調べながら、言葉の先生と遊びながら練習しました。

 幼稚園には3年間通いました。運動会もクリスマスの発表もやり遂げました。幼稚園の帰りには、お友達・お友達のお兄ちゃんや弟も一緒にポケモンごっこやパズルをしたり、公園やプールで遊びました。その頃2人とも大きくなったらポケモンになりたいって言ってました。

 そうそう、お家の事情で、3ヶ月間だけ「東月寒保育園」に通っていたことがあります。そこでは、体が自由に動きにくい女の子が、毎朝あやねが保育園に着くと迎えに出てきてくれて、とても嬉しかったのを覚えています。

 近くに住んでいるお友達ともいっぱい遊べるようになりたいと思い、地域の小学校に入学しました。クラスのお友達は、あやねが、ものの理解がゆっくりで、遠回りなのも、みんなからみるとちょっと変わった方法で気持ちを現しているのも、少しずつわかってくれました。あやねが迷っているときは、「今ね、〇〇するんだよ。」と教えてくれて、お友達の真似をしながら出来るようになった事がたくさんあります。休み時間が終わっても教室に戻ってこない時には、たくさんのクラスのお友達が走って迎えに行ってくれました。授業中うまく発表できなくなると、こっそり教えてくれたり、何を言いたいのか判りにくいとき、何度もゆっくり聞いてくれたり、「〇〇したいの。それとも△△したいの?」と選べるように話してくれて、気持ちをわかろうとしてくれます。

 そして何よりも、「あやねすごーい!」とお友達が誉めてくれることで、がんばる力が沸いてくるようです。

 あやねもみんなと同じように、自転車に乗ったり縄跳びをしたり、算数もリコーダーも出来るようになりたいのです。でもなかなかうまく出来なくて、悲しくなったり、思うようにできなくて、もどかしくて泣いてしまうことがあります。

 あやねや、障がいがあるといわれているお友達は、努力をしていないのではなくて、頑張っているのだけれど、出来るようになるスピードがゆっくりなんです。

 あやねは、学校以外にもいろんなところに先生やお友達がいてたくさんの人に囲まれて、生活しています。おばさん・おじさんといとこがスイスという国に住んでいるので、長い時間飛行機に乗ってスイスにも行きました。そこでも言葉は通じなくても子供たちと遊んできて、みんなの名前を覚えています。

 家では、洗濯やお料理のお手伝いをしてくれます。お母さんの体調が悪い時には、お茶を運んでくれて、「だいじょうぶ?」と言いながら頭をなでてくれます。

 あやねが生まれて9年、一緒に暮らしていると障がいって何だろうと思います。成長はゆっくりだけど、明るく・楽しく・元気で優しい女の子が家にいるだけです。

 その子がどんな心の持ち主かを知ろうともしないで、顔を見ただけで「きもい。」という人もいます。悲しいことは悲しいと感じているし、嬉しいことはうれしいと同じように感じています。「のけものにされた」とか「ひとりぼっち」と感じるのは、だれもが悲しいことですよね。

 学校のお友達が遊びに来て、幽霊ごっこやお店屋さんごっこ、すごろくなどをしています。たくさんで遊ぶって楽しいですよね。あやねのお友達は、あやねのいいところ、悪いところ両方わかってお友達でいてくれているのだなあと思います。

 障がいは不自由なことはあるけれど、不幸なことではけっしてありません。

 おじいちゃんは病気がわかって、わかった時から5ヶ間だけ障がい者になって天国へ身近な人で、病気で入院してしまった人はいませんか?あやねのおじいちゃんとおばあちゃんは病気で入院して、二人とも天国へ行ってしまいました。

 いきました。特別なことではなくみんなに関係のあることなんだと気づいてもらえたらと思います。

 話の後の質問や感想に、

■あやねちゃんも秋雪くんのように死んでしまうのですか?という質問があり、テレビの影響力を強く感じました。お話の内容から引用して説明しました。

■ダウン症の原因が、染色体にある事が解った。という感想が一番多かったです。

■障害のある人は、自分たちとはまったくちがうと考えていた。同じように感じたりすることに気づいた。これからは、なるべく差別しない。という感想も多かったです。

■自分だったら思うように出来ないと悔しいだろう。ダウン症と聞かされたらショックだろう。お友達がいて羨ましい等、自分に重ね合わせた感想もたくさんありました。

■家族や先生・お友達に愛されて、大切にされてよかった。

■私もダウン症の子を生みたい。と書いた子が一人いました。あやねの事を話す私が、とても幸せそうだったから。ということです。

 嬉しい反面、ちょっとその子の心が心配になりました。

初めての経験でしたが、これから様々な場面で理解を深める活動ができたらよいなと感じました。

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