天使病院小児科医師 外木秀文
V 青年期
パート1 青年期の身体的諸問題
1 性成熟について
思春期を経て,子供は大人へと成長します.年齢では10代前半から後半における時期,身体の成長が加速度的に伸びを見せた後,数年して成長は終了します.この時期にはまた,二次性徴という体の変化が起き,生殖可能な状況へと体が成熟していきます.人間として成長していく以上,時期などには多少の個人差はあっても誰しもが経験するもの,それが思春期です.
ダウン症のある子供も全く変わるところはありません.身体の成長のスパートの時期は男子で11-12歳が増加率のピーク,女子では9-10才でピークを迎えるとされていますが、ダウン症のあるなしで違いはありません。最終身長は奥原先生が前の号に述べているように、最新のデータでは次の通りです.平均値±標準偏差で示すと,男子で152.8±6.7 cm, 女子で142.5±4.8 cmです(高木ら2017),ちなみに同じ18歳時の体重は男子で56.3±11.0 kg, 女子で50.8±10.4 kgとなっています.二次性徴の始まる時期も一般集団のそれに比べて遅れているということはありません.
ダウン症のある女児の初潮の年齢は,特に早い遅いはありません.天使大学の伊織光惠先生の報告では9-13歳で中央値は11歳です.他の研究などによると全国平均12歳となっていますから北海道だけ特に早いわけではないでしょう.伊織先生は初潮を前に,母親がどのように子供に伝え教育するか,様々な思いをまとめています.(札幌保健科学雑誌第4巻:17-23,2015)基本的には①母親の心構えと準備,②学校の保健指導者との相談,③ダウン症の親の会あるいは,ダウン症を持つ人の養育経験のあるひとからの情報やノウハウの取得,④子供の理解力や実行力に合わせた教育,⑤体験学習や実際の生理用品の使い方の練習など,親の立場に寄り添った視線で検討を行って報告されていますので参考にしてみてください.
男性については,佐賀大学の野口満先生の解説記事を参考にしてみましょう.男性の二次性徴の1つの徴候は陰茎サイズの増加です.11-14歳にこのサイズの増加が顕著となります.同じころから男性ホルモンの分泌が増加し,性欲や性衝動を亢進させます.一般集団ではほとんどの男児が15歳までに射精を,20歳までにマスターベーションを経験するようです.ダウン症のある思春期以降の男児ではどうでしょう.二次性徴の時期はかわりありませんが,13歳以上の41%がマスターベーションを行い,その半数以上に射精も認められたとされています.ですから一般集団とそう変わらないという見方もできます.
思春期の子供を持つ親であれば,身体の変化,月経の開始,勃起の経験などといった性的な体の変化について,どのように教育していくかは大きな問題と感じていると思います.まずはダウン症だからといって原則的にはその時期や程度に変わりはないのだということを理解してください.知的障害を持つお子さんが,それをどう理解し,どう処理するかということを教えることについて,困難を感じることは少なくないと思います.しかし,性成熟に伴う体の変化は自然なことで,恥ずかしいことでも,悪いことでもないという基本的な考えを伝えながらも,本人の理解力と行動力に見合った指導が必要だと思います.学校の担任や保健系の職員との連携も重要でしょう.異性に対する関心が増すのも当然です.性的な衝動をコントロールできなかったりするのは困りますし,性的な被害に遭うことを心配するのは当然です.だからといって,子供たちの性的な関心を押さえつけたり,罪悪感に過度に関係づけて行動をコントロールしようとするのは問題があります.健全なセックスアピールはむしろ本人の自信を形成するのにも有用と思います.女性がおしゃれをしたり,髪形を意識したり,男子が女性の前でハッスルしたりするのは良いことだと思います.「普通の若者と同じ」なんです.性教育は避けて通れません.両親と学校と友人(クラスメートや同じダウン症を持つ家族)と場合によっては主治医にも意見してもらいながらいろいろな角度から本人たちの成長を支援したいものです.
2 身体能力について
年を取ると体力が衰え,敏捷性やバランス感覚も低下します.やはり,若いときがピークです.このような身体能力は体の成長と中枢神経(脳)の発達によって獲得されるものですが,スポーツ選手とそうでない人の差があるように,もともとの個人的な資質がやはり物を言うと思います.しかし,練習や努力によっても伸びる要素もあります.
ダウン症のある人の運動能力についてもいろいろと研究されています.乳幼児期に運動発達の遅れがあり,リハビリテーションという名の訓練を受けた人はたくさんいると思います.ですが,たいてい歩けるようになってしまうと理学療法をしなくなります.歩ければそれでよいと言われ,理学療法を打ち切られた経験はありませんか? 幼稚園や小学校で,他の子より走るのはめっぽう早いとか,跳び箱やダンスがとても上手というのは非常にまれです.「運動は何やらせてもそう上手な方ではない」というのが多くのダウン症のある子供たちの実情だと思います.でも「体育」はとっても大切なものです.小中学校を過ぎ,思春期を通過し,青年期となったダウン症の人々にとって,運動能力は人生でピークを迎えます.しかしこの時期の運動の問題は決して小さいものではありません.具体的には,単純な運動の反応時間が遅いすなわち動作が全般的に緩慢である,筋緊張が低い,筋収縮力が弱い,複数の関節を動かす運動がうまくできない,力の調節ができづらい,運動を安定して反復する能力が弱い,感覚の情報変化に対応できない(物をよけるとかバランスをとるなどが苦手).などの特性があるとされています.
具体的には,ダウン症ではない知的な障害がある人に比べても,1)握力が弱い,2)背筋力が弱い,3)タッピングなどの素早い動作が苦手,4)重たいものを持って運ぶ能力が劣る,5)真っすぐ歩くことが下手,6)片足立ち(バランス感覚)などが苦手のほか,7)物を組み立てる能力にも差がありました.障害を持つ人との差がこのような点に現れることを見ると,ダウン症のある人では,筋力や筋緊張の低下の他,平衡感覚に弱点があることがわかります.これはダウン症の運動障害を特徴づけるといわれる「小脳の機能が十分発達しないこと」によるものと考えることができます.ですから,小脳の機能障害を前提とした運動トレーニングを学童期や青年期に継続していくことは意味のあることだと思います.リハビリテーションの専門家と相談して行ってもらいたいと思います.
運動能力は20代をピークにそれ以降低下してくことは誰でも同じです.ダウン症の方での調査ではこれが幾分顕著にみられるようです.運動機能の維持を図る生活習慣は重要だと思いますので,アスレチック好きの青年になってもらいたいものです.
3 社会に出る前に再チェック
さて,体格の問題,二次性徴の問題,そして,運動機能の問題をお話しました.大人になる前のチェック項目として,皆さんが直面する問題ですから良く自分で評価してみてください.
それ以外にも体のことでチェックしておきたいところがあります. ① 先天性の心疾患と診断されて,手術をうけたり,定期的に通院したりしている人は少なくありません.そのような方は今後の診療方針を確認しておきましょう.「心臓に異常があったけどなおりました」,あるいは「今のところ心臓に問題はありません」と乳幼児期に言われた人も念のために心臓のチェックをお勧めします.主治医と相談してください. ② 視力・聴力は学校生活しているうちにいつしか低下しているのに気が付かないでいることがあります.眼科や耳鼻科に相談をしておくようにお勧めしたいものです. ③ 定期的な血液検査を受けている方は良いですが,定期受診をあまりしていないような人は必ず,一般血液検査(貧血や白血球異常の検査),肝機能や脂質代謝系の検査,甲状腺の検査,腎機能と尿酸値の検査は必須です.中学校卒業前と高校卒業前には必ず受けてください.特に太り気味で悩んでいる方はよろしくお願いします. ④ 歯科衛生は年齢にかかわらず大切です.特に虫歯や歯周病などありませんか,歯周病は新型コロナウイルスの最も重大なリスクファクターともいわれています.気を付けましょう.排尿障害や便秘は大丈夫ですか?高校を卒業するとタイムテーブルが変わります. もともとどうだったかを確認しておく意味でも見つめなおしてください.環軸椎不安定性で定期的にみる必要があると言われて受診を忘れてしまっていることはありませんか?
以上思いつくままいくつか忘れないでいただきたいことを書きましました.
青年期以降の病院の受診ですが,成人になると普段の診療や定期的な診療を内科の先生にお願いしたほうが良いこともあります.いつまでも,小児科で見てくれないということも実際にはあるようですので,これからのことは,まず今の主治医の先生と相談してみることをおすすめします.
参考文献 高木晴良 https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-24500908/24500908seika.pdf 伊織光惠 https://core.ac.uk/download/pdf/228816006.pdf 野口満 ダウン症男性の性に関する諸問題 障害者職業総合センター 知的障害者の心身機能の 加齢に伴う変化と職業能力への影響 竹内千仙 成人期を見据えたダウン症候群のある児へのかかわり https://www.jschild.med-all.net/Contents/private/cx3child/2020/007901/002/0002-0009.pdf
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