天使病院小児科医師 外木秀文
III 乳児期から幼児期にかけて
パート5 ダウン症の幼児期の合併症のチェック
今回は幼児期の体の合併症ついて考えましょう.
1歳から小学校にあがるまでの時期についての健康管理のお話をしましょう.生まれついての大きな合併症すなわち,先天性心疾患や消化管の通過障害がある子はこの時期までには多くが根治手術を済ませているのではないでしょうか?中には体の成長を待って手術のタイミングを考えている子もいるでしょうが,それぞれに心配と不安の連続だった1年間が何とか過ぎれば,我が子も幾分はたくましくなったと思えることが増えてくる時期ではないでしょうか. 成長のこと,栄養のこと,運動や言葉の発達のことはこれまでお話してきました.また,耳のことや目のことについても及川先生と鈴木先生からお話をいただきました.ここでは主に体の合併症について述べます.
1)脳と神経の問題:脳や神経の疾患としてはてんかんの心配があると思います.乳児期に起こるてんかんの一つとタイプに「点頭てんかん」があります.別名「ウェスト症候群」とも呼ばれます.生後3-10か月ころから発症するのが典型的でお座りができるようになった赤ちゃんがかくっと首を前に倒す動きが2-3秒間隔で繰り返すような発作がみられるので「点頭=うなずくの意」てんかんと呼ばれるのですが,実際は数秒間隔で繰り返し起こる全身の筋肉の瞬時の収縮運動です.ダウン症特有のてんかんではありませんが,1歳前に発症し,精神の発達にも重大な影響をきたすことが多いので早期に小児科で脳波検査,血液検査,脳の画像検査を受け,抗てんかん薬の治療を受ける必要があります.特別な予防法はありませんので,普通は前もって脳波の定期検査などは行いません.熱性けいれんは小児でとても良く見られるけいれん発作です.日本人の10人に1人が経験すると言われ,好発年齢は1歳から3歳.高熱が出てほとんど24時間以内に全身の強直性間代けいれん(眼球が上転し,意識を失い,両手を胸にひきつけ,両足を伸展し,倒れて口から泡を吹く発作で,通常2-3分でおさまる)を起こすものです.ダウン症のお子さんでは熱性けいれんは特別多くはないと思います.
2)目と耳の問題:視力については,鈴木先生のお話にまとめられています.やはり,視力に影響する近視や遠視・乱視といった屈折障害が非常に多いと思いますのでチェックが必要です.日ごろから親が気を付けて,眼科医に気軽に相談することが大事です.眼振とは黒目が水平方向に繰り返し動くもので,特に病的な意味がないこと多いのですが,ダウン症の方では乳幼児期にしばしばみられます.特別な治療法はありません.聴力は新生児期からスクリーニングをして,耳鼻科できちんと診療することが大事なことは及川先生のお話で強調されていたところですが,乳幼児期にはそれに加えてもう一つ大きな問題があります.それは中耳炎の反復です.ダウン症のお子さんはどうやら中耳炎になりやすいようで,繰り返し罹患したり,治りづらかったりすることが多いです.これは免疫力が弱いのではなく,鼻と耳を形作る骨格が小さ目になっていることが影響するのだと思います.子供ですから,頻回に風邪をひきます.これは仕方がないことですが,ダウン症のお子さんは中耳炎になりやすいことを踏まえ,必ず耳を見てもらうことが大切です.ただ,ダウン症の多くのお子さんは外耳道が狭くて少し曲がっているので,小児科の先生では十分に鼓膜を観察して中耳炎の診断ができない場合が多いようです.耳鼻科の先生にも普段から見ていただくようにしていただきたいものです.治りが悪くなると中耳腔といって鼓膜の奥に浸出液が常時たまるようになり音を伝える鼓膜の振動を妨げ,聴力が低下します.このような中耳炎はしばしば両耳同時になりかねませんので,治療のためチュービング(鼓膜に小さな切込みを入れプラスチックのチューブを留置し中の浸出液を外に排泄する措置)が必要となることがあります.
3)環軸椎亜脱臼 幼児期に始まるダウン症の合併症として非常に有名です.頭蓋骨の底には大後頭孔という脊髄の通る大きな穴があります.そこから下に頸椎(背骨の首の部分)がつながります.背骨は29個の骨がつながって脊柱を作っていますが,それぞれが椎間板という硬いゴムのような組織で連結しています.例外が7個の頸椎の一番目の環椎と2番目の軸椎の連結です.(この2つの骨は形態が特殊でそれ以外の脊椎骨は第3-7頸椎,1-12胸椎,1-5腰椎,1-5仙椎と呼ばれています).環椎・軸椎とも指輪の形をした骨です.軸椎のリングの内側前方には歯状突起という親指大の突起があり,環椎のリングの内側前方に接して関節を形成します.環椎のリングの内側にはこの歯状突起の後ろ側を支えるじん帯(環椎横じん帯)があり,環椎は歯状突起を軸としてくるくる回ることができます(図).首が回るのはそのためです.ダウン症の方ではこの環椎横じん帯が少し緩い人がいます.そうすると軸椎が環椎リングの中で後ろ側にずれることが時々起こります.これはその後ろ側にある脊髄を圧迫することになり症状を起こしてくることがあります.頭を前傾するとどうしても軸椎に対して環椎が前の方にずれようとする力が働きますから,脊髄圧迫が生じるリスクとなります.後ろから頭を前の方に強く推すような外力(暴力や転倒など)があると最悪では脊髄損傷となるかもしれませんが,マット運動で行うような前回りや後ろ回り(でんぐり返し)で突然マヒになることは普通ありません.通常は3歳ころまでに頸部のレントゲン撮影を行っていただきたいと思います.理由は歩行ができるようになり,運動が活発になり転倒や事故,あるいはマット運動での障害のリスクが増えてくるためです.検査は経験のある整形外科で行うのが望ましいですが,きちんと前屈位・正立位・後屈位で側面からレントゲンを撮り環椎と歯状突起の隙間の距離(図の↔)を計測することが大切で,小児科の先生でもスクリーニング検査は可能です(関先生の文献).それで前屈位と正立位での差が4 mm以上であれば専門医に紹介の上,マット運動やトランポリンなど強く頭部を前屈するような行動を避けるような指導を行う必要があります.一般的に脊髄圧迫症状は徐々に進行する歩行障害といった形で現れます.なかなか歩行が進まない方なども検査を考えてもらうとよいと思います.スクリーニング検査としてのレントゲン検査は10歳前後に再び行うことが推奨されています.
4)甲状腺疾患 甲状腺機能の低下がダウン症候群児に比較的多くみられることは皆さんご存知かもしれません.実際には生まれたすぐ後に新生児マススクリーニングを行いますが,これにより生まれついての甲状腺機能低下症のほとんどが見つけられます.出生後にも甲状腺機能低下症が発見されることがありますから,定期的な血液検査を行い,甲状腺ホルモンの値が正常化どうかチェックを繰り返すべきです.活力の低下,低体温,便秘などが甲状腺ホルモンが低下すると起こる症状とされていますが,なかなかはっきりしないのです.
5)心疾患 先天性心疾患はダウン症者の50%に見られるとされていますが,重症のものから軽症のものまで様々です.心雑音などの徴候がなくとも必ず全例心臓超音波検査を含めた精密検査を乳児期早期に行うべきです.重症の心疾患のある子は手術を繰り返し,長期の入院医療を要することがあります.また,根治手術を行ったのちも酸素投与や薬物療法が行われることが稀ではありません.栄養面の支援や呼吸筋力増強や排痰を促進するためのリハビリテーションも必要となる場合があります.心臓の専門的医療機関を中心として,日常診療から療育まで幅広い支援が必要となります.
6)腫瘍 急性白血病の発生頻度がダウン症の子では比較的高いです.似たような疾患に一過性骨髄異常増殖症があり,こちらは新生児期に全例血液検査を行い調べてみることをお勧めしていますが,白血病に移行することもありますから注意が必要です.急性白血病の臨床症状は発熱,貧血,紫斑ですが,定期的な血液検査を行い血小板の減少や貧血の進行があれば白血病を疑い精密検査を行うべきです.検査・治療は小児の腫瘍を行う専門医療機関への紹介が必要となります.白血病は別として乳幼児期の貧血はほとんどが鉄欠乏性貧血です.血液検査でチェックし問題があれば,栄養面の改善や薬の内服が必要となります.
7)その他 肥満傾向をすでに認める子がいます.稀には糖尿病の合併することもありますから,注意が必要です.便秘はしばしば訴えとして聞かれますが,やはり筋力の弱いことからいきみが弱いこと,直腸肛門反射が不調(排尿の問題と同様に自律神経の作動不良があるのかもしれません)が主な理由です.単にお薬に頼ることなく根気よく自力排便を確立するよう医師とともに努力していきたいものですが,甲状腺機能低下やヒルシュスプルング病などの病的な原因がありえますので程度によっては精密検査を行っていただきたいところです.アレルギー性疾患はアトピー性皮膚炎,鼻炎,結膜炎,気管支喘息,食物摂取などによる即時型アレルギー反応などが代表的ですが,ダウン症では多くもなければ少なくもありません.
参考文献
関 敦仁 Web日本医事新報 https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=3858.
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