天使病院耳鼻科 及川敬太
III 乳児期から幼児期にかけて
パート2 ダウン症のお子さんの聞こえの問題
過去の報告によれば、乳幼児期のダウン症のお子さんの約40%~80%程度に一側性または両側性の難聴が指摘されると言われており、重要な問題の一つです。そのためダウン症のお子さんの多くは耳鼻咽喉科の定期的な診察が必要です。今回は,生まれた直後の新生児期から乳幼児期にかけての聞こえの問題について専門的な立場から解説いたします.
1) 新生児聴覚スクリーニング検査とは? 現在日本において赤ちゃんが生まれた場合、新生児聴覚スクリーニング検査を受けることが推奨されています。平成24年からは母子手帳にも結果の記載欄ができました。新生児聴覚スクリーニング検査の目的は難聴の早期発見、早期診断、早期療育の開始です。一側性の難聴では言葉の発達に影響はありませんが、両方ともの中等度以上の難聴のある赤ちゃんは、言語発達に問題が起こらないよう、1歳未満からの補聴器使用が必要とされています。ちなみにアメリカのガイドラインでは難聴のスクリーニングを生後1ヶ月までに行い、生後3ヶ月までに精密検査・確定診断を行った後に、生後6ヶ月までに補聴器装用を含めた早期支援を行う、という「1-3-6ルール」が提唱されています。
新生児聴覚スクリーニングは通常、自動聴性脳幹反応(Automated auditory brainstem response:略してAABR)という検査、または、OAEスクリーナーという検査機器を用いた歪成分耳音響放射(distortion product otoacoustic emission:略してDPOAE)という検査で行います。天使病院では生理検査技師が赤ちゃんの検査を行います。AABRのほうが、精度が高いのですが、検査機器が高額であり、検査の際に使用するイヤーカプラという使い捨てのイヤホンは数千円するので、検査自体に毎回ややお金がかかるという欠点があります。またこの検査は生後6ヶ月くらいまでが限界です。一方OAEスクリーナーは検査機器本体が比較的安価であり、検査自体も短時間・簡便ですので、繰り返し施行可能です。しかも大人になるまで施行可能です。しかしながらAABRに比べ難聴のスクリーニング検査としては、やや精度が落ちます。天使病院では原則として、新生児聴覚スクリーニング検査はAABRを使用します。ただ、NICUに入院した赤ちゃんの場合は難聴の可能性が少し高くなるので、AABRとDPOAEの両方で検査を行っています。
新生児聴覚スクリーニングの結果は「PASS」と「REFER」という結果で表示されます。PASSの場合は「現時点では難聴はないです」という意味です。一方、REFERは「再検査もしくは精密検査が必要です」という意味になります。ですからREFERと判定された赤ちゃんの中には精密検査の結果、「正常聴力です」と判定される場合もありますし、「難聴があります」と判定される場合もあります。
それではその「REFER」の際の精密検査について解説しましょう.まずは耳鼻科の診察です.耳鼻科を受診し,耳鼻科の医師により、外耳道が狭くないかどうか、鼓膜の状態がどうか、などを直接観察します。検査は聴性脳幹反応( Auditory brainstem response:略してABR)という検査を行います。新生児スクリーニングに用いた「AABR」のプロ仕様のバージョンです.耳鼻科医もしくは言語聴覚士が直接検査を行い,検査結果も自動判定ではなく、耳鼻科医が判断します(AABRはコンピューターの自動判定です)。ABRは様々な周波数の「カタカタカタ・・・」というクリック音を1000~2000回イヤホンから聞かせて、耳の後ろ側と頭頂部に貼った電極から脳波を測定することで、聴力を調べるものです。
一般的に新生児聴覚スクリーニング検査で両側の先天性難聴が発見される頻度は1000人に1-2人とされていますが、ダウン症の赤ちゃんでは高確率で「REFER」となり、耳鼻科での精密検査が必要になります。
2) ダウン症の赤ちゃんの難聴の原因 「REFER」となったダウン症の赤ちゃんでは、精密検査の結果、しばしば以下の4つの問題が指摘されます。耳の解剖図を参照しながら以下を読んでください。
① 先天性外耳道狭窄症 ダウン症の赤ちゃんの外耳道は狭くて軟らかいことが多く、高い確率で先天性外耳道狭窄症を認めます。このため、音が鼓膜まで届きにくくなり、聞こえが悪くなります。耳垢(みみあか)も溜まりやすく、診察の時に鼓膜を確認することがとても困難です。僕はそのような場合は耳垢を軟らかくする点耳薬を受診3日前から点耳していただいて、軟らかくなった耳垢を吸引除去し、極めて細い内視鏡を用いて鼓膜を確認します。 ただし、ダウン症の先天性外耳道狭窄症では、ずっと狭いまま、ということはほとんどありません。大多数で成長とともに外耳道は徐々に硬くなって広くなります。個人差はありますが、僕の経験では4-5歳過ぎくらいから徐々に鼓膜は視認しやすくなります。外耳道狭窄症がある場合、定期的に受診していただいて、耳垢を除去することをお勧めしています。
② 中耳間葉組織の中耳腔内遺残 ダウン症に限らず、「REFER」となった赤ちゃんに稀に、まだ生まれて間もない時期に、鼓膜が混濁し、鼓膜の奥の鼓室内に何かが溜まっているように見えることがあります。さらにCT検査をすると中耳腔内に軟部組織陰影が充満している場合があります(なお、鼓膜の奥の鼓室、その上方にある乳突洞、その周囲にある乳突蜂巣を合わせた空間を中耳腔といいます)。この正体は母胎の中にいたときから存在する、中耳間葉組織の遺残であろう、と言われています。中耳間葉組織の遺残は成長とともに徐々に吸収されて消失するとされていますが、ダウン症の赤ちゃんでは中耳間葉組織の遺残が通常より長くかかると言われています(4-5歳までかかるという報告もあります)。なお、滲出性中耳炎でも同様の鼓膜所見を呈するので、その区別は非常に困難です。
③ 滲出性中耳炎 通常、母体免疫が消失する生後半年頃から2歳くらいまでの乳幼児は一生のなかで最も免疫機能が低いので、繰り返し上気道炎(風邪)にかかります。さらに大人に比べ、子供の耳管(図参照)が短くて、水平に近いため、容易に鼻の奥にある上咽頭の炎症が耳管を経由して鼓室内に進展し、高熱と耳痛を伴う急性中耳炎になります。ですから多くのお子さんは小学校入学前に一度は中耳炎になるとされています。1年に4回以上急性中耳炎になる場合は反復性中耳炎と言います。また急性中耳炎の治療後、耳痛が消退し、解熱した後も、鼓膜の奥の鼓室内に滲出液が貯留残存した場合、滲出性中耳炎と言います。症状は難聴、耳閉感などです。適切な投薬治療を行っても改善しない滲出性中耳炎や反復性中耳炎では、鼓膜チューブ留置術という治療が行われます。これは鼓膜にごく小さな切開を加え、小さな換気チューブを留置する治療です。これにより滲出性中耳炎のみが難聴の原因の場合は、聴力は劇的に改善します。鼓膜チューブは約半年から1年で鼓膜に加えた切開部が自然に閉鎖した後に脱落します。 ダウン症のお子さんは(ただでさえ乳幼児は中耳炎になりやすいのに)さらに滲出性中耳炎に非常にかかりやすく、治りにくいとされています。これはダウン症のお子さんは耳管が通常より細いためであり、加えてさらなる易感染性があり、上気道感染を繰り返しやすいためと考えられています。ですから、中耳炎による難聴を改善させるため、鼓膜チューブ留置術を受けていただくことがしばしばあります。
④ 聴神経、脳幹の発達未熟性 ダウン症のお子さんでは聴神経や脳幹の発達に未熟性があり、このため出生早期のABR(聴性脳幹反応)検査で明確な反応が得られない可能性があります。
⑤ 内耳奇形 内耳にある蝸牛の低形成・奇形による難聴が見つかることもあります。内耳奇形による難聴は現代医学では改善は困難です。ただし過去の報告ではダウン症のお子さんの難聴はおおむね70%は伝音難聴、20%は感音難聴、 10%は混合難聴であろう、とされています。伝音難聴は外耳と中耳に原因がある難聴、感音難聴は内耳(特に蝸牛)に原因のある難聴、混合難聴は伝音難聴と感音難聴の両方がある難聴です。内耳奇形に伴う難聴は改善困難ですが、後述するように、ダウン症のお子さんではしばしば成長とともに聴力が改善することからもダウン症児の内耳奇形による難聴の頻度は少ないと考えられています。
3) ダウン症のお子さんの難聴は成長とともに改善することが多い!! 生後6ヵ月以内に施行したABR検査では先天性両側高度難聴と診断され、補聴器を装用していたダウン症のお子さんが、成長とともに徐々にABR検査の結果が改善し、2歳以降の検査では補聴器が不要なレベルにまで聴力が改善した!!という場面にしばしば遭遇します。その理由は以下のことが考えられます。
① 成長に伴う外耳道の拡大 ② 中耳間葉組織の減少、消失 ③ 滲出性中耳炎の改善 ④ 聴神経・脳幹の発達
一般的に先天性高度感音難聴は治療による改善が困難であることを考えれば、このことは特筆すべきことです。ダウン症の赤ちゃんでは生後早期に先天性高度難聴と診断されても、定期的に耳鼻科を受診し、外耳道を清掃し鼓膜を確認してもらって、滲出性中耳炎に対する適切な治療を受け、繰り返し聴力検査を受けることで、徐々に聴力の改善が確認され、補聴器から卒業できる可能性が十分にあります。
おわりに ダウン症のお子さんでは新生児スクリーニング検査とそれに続く精密検査で難聴と診断されることが非常に多いです。とはいえ、その難聴は改善可能な場合が少なくありません。ですから赤ちゃんにどんどん話しかけてあげて聴力を刺激してあげてください。そして定期的に耳鼻科を受診してください。
参考文献 1) 新生児・幼少児の耳音響放射とABR 、加我君孝(編)、診断と治療社、東京、2012 . 2) 宇野芳史:子どもの耳の診かたと診療、耳鼻科診療Practical Essence(特別号)、アトリクス、2007. 3) 金 玉蓮、新正由紀子、坂井有紀、加我君孝:ABRで難聴が疑われ、発達によりABRが改善或いは正常化した乳幼児症例:Otol Jpn 16(3):171-177,2006. 4) 佐野光仁:当初高度難聴と診断されたが成長とともに聴力の改善を認めた症例:小児耳21(1):49-53,2000. 5) 留守 幸、長嶋比奈美、若代佳代、宇高二良:当院におけるダウン症児の聴覚管理について:小児耳25(2):35-39,2004. 6) 山下道子、黒川雅子、花井敏男、中川尚志:ダウン症候群・乳幼児の聴力経過の検討:耳鼻56:139-144,2010. 7) 新谷朋子、北川可恵:乳幼児の補聴器装用フィッティング:JOHNS 33(4):455-458,2017.
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