天使病院眼科 鈴木智子
III 乳児期から幼児期にかけて
パート3 ダウン症児と眼疾患
初めまして(ではないお母さんお父さんも何人かいらっしゃるかもしれません)、天使病院眼科の鈴木といいます。
最初に外木先生からダウン症児の眼疾患について書いてくださいと言われたときは正直、考え込んでしまいました。ダウン症児の眼疾患といっても思いつかないのです。本を読むと確かにダウン症の方にはこれこれこういう病気がありますと書いてありますが、ダウン症の人でなくても外来で普通にいる病気ばかり。慌てて調べてみましたら、ダウン症の方に特有の目の病気なんてなく、眼科の病気がダウン症の子の全員にあるようでもないのです。
ただし、日々いろいろな患者さんをみていると、やはりダウン症の子とそれ以外の子の違いもあります。それは、子供たちの眼科分野における先天的な異常がダウン症の子にみられる確率が「やや」多い、という点です。というわけで、ダウン症児の眼疾患についてのお話を少しさせていただいて、そのご家族がどの点に気を付けていただいたらいいかをお話しさせていただこうと思います。
白内障 眼球の中の水晶体(レンズ)が白く濁る疾患です。本来透明であるはずの水晶体がですが、これが白く濁ることで見えづらくなります。(カメラのレンズがにごったらいい写真が撮れませんよね。)人間であればだれでも加齢によりおおむね30代くらいから徐々に濁っていくものですが、それ以外にもいろいろな疾患によって濁ることがあります。例えば糖尿病やアトピー、膠原病といった全身疾患でも起こりますし、けがなどで濁ることもあります(おともだちと掃除の時間にほうきでチャンバラをやっていて、そのほうきが眼に当たって白内障になった小学校5年生のお嬢さんもいました)。
また生まれつき水晶体が濁って白内障になっている子もいます。白内障だけの子もいますし、ほかの先天性の疾患によって白内障を合併している子もいます。 ではダウン症児がどうかというと、白内障の割合は多いです。文献によって違いますが、10%から25%程度と、ダウン症児以外の児では1~2%であることを考えるととても多いと思われます。しかし慌ててはいけません。水晶体が濁ってさえいれば白内障ということになるのですから、視力に全く影響を及ぼさない白内障もたくさんあるのです。また、多くの先天性の白内障はほとんど進行しないので、普通に年を取って加齢性白内障になるまで手術を必要としないことが多いのです。
ダウン症の先天性白内障はたまに10歳過ぎに進行することがあるという記載もありますから、定期検査は必要とするかもしれません。しかしそれらを合わせても、白内障で手術が必要になるダウン症児は1%程度とのことです。
ですから赤ちゃんは生まれたらまず一度眼科医が診察して、白内障があれば経過観察が必要です。
ちなみに、私が今まで見たことがある「白内障の手術が必要になったダウン症児」は、よその病院で手術をされて経過観察をされているという子が一人だけです。そのくらい少ないです。なぜ知っているかというと、たまにコンタクトレンズが外れたなど緊急事態になると私の出張病院にやってくるからです。
また、手術が必要となったとしても現在はそのあとにしっかりケアをすればちゃんと視力が育つ時代になっています。私の知っている方は、みなさん小さいころに手術をしてそのあとケアをしっかり受けて育ち、仕事をしたり主婦となったりしながら親にもなり、立派な社会人として暮らしておられます。
ですから、もしも白内障で手術が必要となったとしても、(心配はしてもいいと思いますけど)心配しすぎていい時期を逃さないようにしてください。さらにご家族に一生懸命にしてほしいのはむしろ術後のケアなのでそちらを頑張るようにしてくださいね。
屈折異常 屈折異常とは近視とか乱視とか遠視などのことをいいます。ですから屈折異常が全くない人間はまずいないです。自分は何にもないと思っている方もいますが、眼科医に言わせれば気づいていないだけで検査をすると多かれ少なかれ何かあります。ですがここでいう屈折異常とはかなり程度が強いものをいいます。
どの赤ちゃんもほとんど見えない状態で生まれてきます。育っていくうちに眼で見てその映像を脳に送り、脳が解析して物を見るという能力が育ちます。これを視力といいます。赤ちゃんの時の能力の伸びが一番大きく、徐々に伸びが悪くなっていきます。それでも小学校に上がるころまでは視力の伸びは十分に大きく、3歳児検診で問題が見つかっても視力を伸ばすには十分な時間があります。その後も小学校3年生くらいまでは視力が伸びる可能性が少し残っています。
屈折異常の眼では外界からくる映像がぼやけて脳に送られます。少しのぼやけであれば脳が補正して徐々に物を見るという能力は育ちます。ぼやけが多い、つまり屈折異常が強い眼の場合はこの補正が十分にはできません。屈折異常が強い児は、屈折異常による弱視が疑われた場合は早めに眼鏡をかける、という治療が必要です。
屈折異常のデータはあまりありませんが、それでもやはりダウン症児以外の子供たちよりは多いように思います。文献でもはっきり書いているものはあまりないのですが、偉い先生方も同じようにお感じのようで、3倍くらいあると書いてある文献もあります。
子供は視力検査が上手にできません。3歳児検診で上手にできる子は3割もいません。5歳くらいになるとかなりみんな上手になりますが、それでも一年生になる直前でもぐだぐだしてなんだかはっきりしない子もいます(私の娘のことです、小学校に入った途端にまじめになってちゃんと見えているということが判明しました)。
ダウン症児も同じです。検査の方法がうまく理解できなかったりしますし、飽きてしまったり、まじめにやらなくてはいけないと気付くのがダウン症以外のお子さんより遅かったりして視力検査はどうしても苦手なようです。ですからその子が屈折異常のために見えづらいのか、それとも上手に検査ができないから視力が悪いことになっているのか判断が難しいことが多いです。そのために、何回も来ていただいて(それでも、うちの娘のようにはっきりしないかもしれませんが)少しでも早く眼鏡をかける適応があるかどうか考える必要があると思います。
眼位異常(斜視とか斜位とかの眼の向きの異常) 斜視というのは右眼の向きと左眼の向きが同じ方向に向かない状態をいいます。そのとき右眼で見た像と左眼で見た像が一つになりませんから、世の中のものがすべて二つに見えてしまいますから、どちらか片方の目で見たものだけが脳で受領され、もう一つの眼で見た像は脳で抹殺されて無かったことにされます。そうしないとすべてが二つにみえてご飯を食べるのも具合が悪いですし、ぶつかりそうで恐ろしくて歩けませんものね。
これが子供の視力が育つ時期になるとどうなるかというと、脳で受領されるほうの眼の視力は育ち、抹殺されるほうの眼の視力は育たないということになります。そのままでは弱視になってしまい、先ほど屈折異常のところでお話ししたように、いい時期を過ぎてしまったら永遠に視力を確立できないということになってしまいます。
斜視に近いものに斜位というものがあります。これは眠い時や気が抜けたようなときに視線が外れるもので、普段一生懸命みているときは物が一つに見えています。(斜位はけっこういます。私も寝ぼけたときに物が二つに見えることがあるのできっとそうなのだと思います。)この状態はよほどでなければ治療は必要ありません。しかし、成長にともなって徐々に斜位から斜視に変化することがあります。いずれにせよ経過観察を続けなくていけません。
ダウン症の子の話に戻りましょう。ダウン症児以外の子で斜位、斜視になる子はおおむね15%~20%といわれていて、ダウン症児は30%程度といわれています。やはり、少し多めですね。手術が必要となる子はたしかに少ないのですが、経過観察だけは続けてください。斜視があってもいい時期を待って手術を考えますので、経過観察をきちんとしていく必要があります。
睫毛内反(しょうもうないはん、まつ毛が目の方向に生えることです、逆さまつ毛ともいいます) まつ毛は目と反対の方向に延びるのが普通です。そうでなければまつ毛が目に刺さって角膜に傷がついて見えなくなってしまいます。でもいわゆる逆さまつ毛の子供もお年寄りもとてもたくさんいます。ダウン症児以外の子供で睫毛内反の子はおおむね3%程度います。そしてダウン症児の睫毛内反の子は20%弱いるそうです。ダウン症児は独特の頭の形をしていることもあり、瞼の中にある瞼板という組織が弱く、上の瞼の鼻側のまつ毛が目に当たりやすくなります。それでダウン症児の睫毛内反の子の割合がとても多いのです。小さいうちはまつげが細くて柔らかいので、目脂(めやに)はかなり出ますが傷はほとんどつきません。成長にともなってまつ毛も強くなりますのでどうしても傷がつきやすくなります。あまりひどい場合は手術も考えます。一般的には上の瞼を二重にする手術をしてまつ毛を外に向けて生えるように促します。しかしどうしても、お顔の形の関係でまつ毛が刺さってしまう場合にはこの方法がよかったよ、という文献を見つけました。まずは手術の侵襲をかんがえると二重にする手術を一番最初に選択したほうがいいかなと私は思いますが、それが困難そうであればそういった方法がいいかも、と最近は考えています。
それ以外 眼瞼下垂、眼振、緑内障、円錐角膜、結膜炎、その他もろもろ。たくさんあります。これらはたしかにダウン症児以外の子から見ると少しだけ合併する可能性が多いようです。ただ、全体からいうとあまりいません。ほかのことで眼科に寄ったついでにこれらのことも検査されるため、普段はあまり気になさらないほうがいいと思います。
ここまで眼科の、ダウン症の子におきやすい合併症についてのお話を少しさせていただきました。
すべてのダウン症の子に、眼科の疾患が必ずあるわけではありません。また、ダウン症の方に特有の眼の疾患があるわけでもありません。また何かあった場合でも治療が必ず必要というわけでもありません。 とはいえ、現代の人間は外界からの情報の80%を視覚から得ているといわれています。良好な視機能を獲得することはその後の人生においてとても重要なことだと思われますね。
というわけで、ダウン症の赤ちゃんが生まれたら一度は眼科医に相談してください。また、必要があれば経過観察をさせてください。
たとえば眼鏡をかけてみようといわれたら、子供に眼鏡なんてかわいそうといわないでかけさせてください。嫌がるからといって外していいよといわないで、眼鏡かけたほうがかわいいとか、かっこいいとか言ってあげて頑張って掛けるように促してあげてください。
できる限りの手を尽くして、視力の発達につなげていきましょう。視力は無いよりあったほうが有益だと思います。
どうしてもダウン症の子はほかにも合併症があることが多く、あちらの病院こちらの病院と忙しいことが多いです。それでも毎日眼科に通うわけではありませんので、時々見せていただけると、必要に応じて介入できると思います。
先日、たぶん初めて眼科を受診したという大人のダウン症の方を診察し、ちょっといろいろ遅かったなと思ったことがありました。ですから、ここまでぐだくだ書いてきたのも何かのご縁、ぜひ、眼科の受診をお願いしたいと思います。どうかよろしくお願いいたします。
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