天使病院小児科医師 外木秀文
ダウン症の赤ちゃんが生まれたら
パート1 ダウン症が疑われたときにすべきこと.
ダウン症候群の赤ちゃんが生まれたときのことについてお話しましょう. ダウン症候群の赤ちゃんがどのくらいの割合で生まれるかについては,根拠となる統計はそう多くありません.一般的には1000人に1人の割合と言われています.厚生労働省の小児慢性特定疾患の診断の手引きでは600-800人に1人と記載されています.生まれる前にお母さんがおなかの子がダウン症であるということを自覚する確かな兆候はありません.
通常の妊婦検診では胎児の発育を確認するための超音波検査が行われますが,ダウン症の診断を目的としたものではありません.妊婦検診で行われる超音波検査で間接的にダウン症の疑いが持たれる例があるとすれば,先天性十二指腸閉鎖が疑われた場合などです.これは十二指腸閉鎖を認めた赤ちゃんの中にはダウン症児が多くいるという統計的な理由(28%という報告があります)からで,ダウン症そのものの特徴を捉えた所見とは違います.胎児の心臓病もかなり妊娠中のエコー検査でわかるようになってきました.しかしながら,先天性心疾患を持つ胎児が必ずしもダウン症の頻度が高いわけではありません(ダウン症に先天性心疾患は高頻度で合併するのですが).生まれる前に前もってダウン症であることがわかっていることは,安全な分娩を行う上で決定的な情報ではありません.ダウン症の赤ちゃんにかぎって難産の傾向が高いとか,分娩時に具合が悪くなりやすいということはないのです.
実はわが国のダウン症に子供たちの出生時のデータはあまり公表されていません.天使病院NICUにこの10年ほどの間に入院したダウン症の赤ちゃんのデータを見ると在胎週数が32-41週で中央値が38週.出生体重は1280g – 3372g 平均値が2620gです.日本人全体での赤ちゃんの平均出生体重が3000g前後ですから,やはり幾分小柄ということになります.
生まれたばかりの赤ちゃんは身体計測を受け,ベビー服を着て清潔なタオルにくるまれ小児科医の診察を待ちます.この時点までに助産師らによって簡単なチェックがなされます.呼吸は苦しそうではないか?顔色は良いか?ぐったりしていないか?などです.それと同時に四肢や体に先天的な異常がないか?口唇口蓋裂はないか?など先天的な問題がないかがチェックされます.
このチェックは赤ちゃんがダウン症かどうか見つけることを目的とするものではありません.多くのダウン症の赤ちゃんは顔色が悪いわけでも呼吸が苦しそうなわけでもないし,特に際立った奇形もないからです.しかしながら,ベテランの助産師さんなどはこれらのチェックの過程で,ダウン症の赤ちゃんに会うと「ひょっとしたらこの子はダウン症かしら?」と思うものなのですね.そのポイントを説明するのは少し難しいです.生まれてきたすべての赤ちゃんに対し「ダウン症の特徴」や「臨床的診断基準」みたいなチェックリストをつかって赤ちゃんを詳しく調べるようなことはしませんから,どちらかというと,その赤ちゃんの少し体重が少なめだったり,手足の力が弱めだったり,顔が平たくて眼―鼻―口が小づくりだったり,首の後ろ側の皮膚が少しだぶつく感じがあるなど言ったことがヒントになるのです.
そのあと小児科の医師(産科の先生の場合もあるでしょう)の診察の際に助産師さんから「ダウン症の疑いを持ちます」との一言があれば,その点に注意した診察が行われます.視診や触診でダウン症と診断することは,経験豊富な小児科医や産科医では困難なことではないかもしれませんが,その診断は患者個人の一生を左右するだけでなく家族にとっても重いものです.診察所見だけで決めることはせず,必ず染色体検査を行い,その結果をもとに診断を告げる慎重な態度をとられる先生がほとんどです.あるいは,この時点で,近隣の小児科や小児遺伝学の専門医に紹介し診断をゆだね,今後の診療を託す選択肢を取る先生も少なくありません.
従って,ダウン症の疑いの赤ちゃんを見た医師には1つの責務があります.よく赤ちゃんを観察してダウン症かどうか見極めること(助産師さんの疑いが当たらないこともありますから).その上で両親にダウン症あるいは染色体異常症の疑いを持ったことを告げ,赤ちゃんが診断のための染色体検査を受けるよう勧めることです.採血をしてから結果が出るまで通常2-3週間はかかりますが,結果はその医師が責任をもってお話し,いろいろな疑問にお答えしなければなりません.ただし,すべての小児科や産科の先生がダウン症の専門家ではないでしょうし,豊富な経験があるとは限りませんから,専門医に紹介するとしたら1つのタイミングはここになります.ダウン症の赤ちゃんの多くはお母さんと一緒に産院を退院します.通常赤ちゃんの診察は生まれた後と退院前に行われます.生まれたときの診察で気がつかれないダウン症の赤ちゃんも,多くは産院を退院するまでにはダウン症と疑われることが多いようで,その時点で染色体の検査を勧められることになります.中にはダウン症と気づかれることがなくその後の乳児健診などで疑いをもたれ専門医を紹介される場合もあります.みんなが生まれたすぐ後にわかるわけでもないのですね.
赤ちゃんがダウン症と疑った時点で,ドクターには気を付けてみていただきたいところが3つあります.1つは心臓に病気がないかどうかです.普通は聴診を行い心雑音がないか?を確認します.チアノーゼや呼吸数が多かったり,とても元気のない場合はすぐに専門医に紹介する必要があります.ダウン症の赤ちゃんの約半数に先天性心疾患があるといわれています.一口に先天性心疾患といってもいろいろな種類があり,中には重症の心臓病の場合もあります.緊急の対応が必要な場合もあるのです.
2つ目は消化管の病気がないかどうかです.中でも重要なものは先天性十二指腸狭窄あるいは十二指腸閉鎖です.この病気は元来非常にまれですが,ダウン症の赤ちゃんに限ると5%の子に合併することが知られています.膵臓が生まれつき十二指腸を挟み込むように発達する輪状膵が原因で起こることがほとんどです.この病気を持った赤ちゃんは妊娠中に羊水を飲み込むことができないので羊水過多を起こすことが多く,生まれる前に超音波検査で診断が疑われることもあります.いづれにしてもこのままでは飲んだミルクや母乳が十二指腸から先に流れていきませんので嘔吐をきたし,栄養が取れない状態となります.見つかったら速やかに小児外科のある施設で手術が必要となるのです.このほかに鎖肛やヒルシュスプルング病の合併も比較的多いとされていますのでよく調べることが大切です.これらの疾患は厄介な便秘を引き起こしますので,専門医の診療が必要です.
3つ目の疾患は血液の病気です.一過性骨髄増殖症,別名TAM(タム)と通常呼ばれるこの病気はダウン症の新生児期の特有の病気といってもいいでしょう.最近の研究ではダウン症の赤ちゃんの10%が罹患するとされています.血液には赤血球と白血球それに血小板という細胞があります.これらの細胞は骨髄、つまり骨の中で作られます.血液の細胞を作り出すもとになる芽球という幼い細胞が異常に増殖してしまうのがこの病気です.これは白血病とは区別されるものの,それと同じような治療が必要となる場合があります.自然になおる白血病ともいわれるゆえんです.ただし,20%はいったん良くなった後に本物の急性白血病を発症することがありますので専門の医療機関で診療する必要があります.特に症状はありませんので,気が付いた時には病気が進んでいることもあります.血液検査を行うと診断ができますが,しばしば肝臓と脾臓が腫れていることがあり,注意深い診察が診断につながることもあります. ダウン症と疑われた赤ちゃんには,新生児期の医療として専門的な診療が必要となるのがこの3種類の合併症なのです.染色体検査の結果を待つことなく,これらの病気がないかどうかチェックすることが大切です.これらの疾患が判明した場合は専門の医療機関と相談し,ダウン症の説明に先んじてでも診療を優先することが大切です.
※お詫び:前回の記事でダウン先生は確か眼科医であったと書きましたが,そのような事実はないようです.外科系の研修も受けたようですが,medical doctorあるいはphysician(医師)と記載されています.
次回はダウン症の生涯を通しての健康管理について・III ダウン症の赤ちゃんが生まれたら パート2 ダウン症の診断告知と育児支援 です。 お楽しみに。
|