札幌分会・講演会収録
「豊かな青年期・成人期を迎えるために」(1)
ダウン症の方との付き合いはそんなに長くないんです。今日は、ダウン症の大人の方々の話をということでしたが、若いお父さんやお母さんもいらっしゃいますので大人の話だけにかたよらずに、小さい頃から順番にお話できればと思っております。
私は20年前初めてダウン症をはじめとした知的障害の方とお会いしました。実は私は全くの素人でありながら養護学校の教員になったんです。そこで初めて彼等と出会い、いろいろ勉強させてもらいました。そこで一番印象に残っているのがこの二人です。今はもう30歳近くなっていますMちゃんとY君という二人のダウン症の方です。写真を見て下さい。Y君は立て看板持っているんですね、立て看板に縄跳びの縄を縛り付けてグルッと回し、片方の縄跳びの縄の持つところをMちゃんがマイクスタンドに立ててマイクにしているんですね。何歌っているかというとちょうどその時流行っていたアリスを歌っているんです。なかなか雰囲気が出ていますでしょう。彼等からいろいろなことを教えてもらいました。音楽好きであるとか、真似っこ上手であるとか、ひょうきんであるということなどたくさんです。ただ未だにダウン症の方の頑固さにはどうしていいのかわかりません。他にもいろいろなことも教えてもらいました。この写真を見て下さい。これはY君が泳いでいるところです。小学校4年生くらいだったと思いますがプールの横面ですから12m位を息継ぎしながらクロールで泳げるんです、Mちゃんも上手なんです。次の写真は、スキーです。ボーゲンでだいたいどこでも滑られるんです。こういう姿を見まして初めは知的障害ってどういう方々かわからなかったんですが、何でもできるようになるんだ、やらせればというか周りの人達があきらめずに関わり続けると何でもできるようになるんだということを教えてもらいました。
もう一つ教えてもらったことは、これは6年生のNさんという女のお子さんなのですが、この写真は低学年の頃でニコニコ笑ってお勉強しているところなんです。養護学校というところははっきりとどういう教育をするというのは決まっていないんですね。教科書がないということがひとつ問題なのですが。次のこの写真はNさんが踊りを踊っている写真です。その頃は、ちょうどピンクレディが流行った時でうまいですよね。すごくうまいんです。こんな彼等をみて、クラスによっては、一日いっぱい音楽をかけ、散歩に行って一日のお勉強ですというクラスがあるんですね。私はどうしてもそれは違うという気がしまして、身の回りの事は少なくともできるようにしましょう、見る力を、見分ける力を付けるようにと思って毎日接してきました。
それはですね、この写真(踊りの)で、みんなニコニコと笑っている笑いと、この写真での笑い(勉強している写真)とではきっと違いがあるんじゃないかと思ってたんです。ただ、、どこがどう違うのかは説明できませんが。私達もそうですが美味しい物を食べたり、楽しい音楽を聞いたりしての喜びと、自分の目の前のある課題をなんとか努力して解決できたという喜びとは違うように思います。知的に遅れがあるからということでそういう喜びを教えないというのはやはり違うと思うのです。彼等もちゃんとこういうお勉強やって皆に認められることによって喜べる、私達と同じ気持ちを持っているんだということを教えてもらったなぁという気がします。
学齢のお子さんと養護学校時代お会いしまして私は素人だという負い目がありましたので、もう一回勉強しようと思いましてもう一度大学に行ったんですね。私は発達ということを知りたくて池田由紀江先生のところへ行ったんです。そこでいわゆるダウン症の早期教育に出会いました。こういうふうに(早期教育中の写真)集団指導とか、個別指導とかいろんな形でやる乳幼児期の早期教育に出会いました。そこでも幾つか勉強させてもらったなぁと思うんです。早期教育を通じて何を勉強したかというと乳幼児期に何が大切かということです。
一つ目の大事なことは、体づくりです。この写真は、T君が家でサーキット遊びをしているところです。お布団並べてそこでデングリ返りして、ちゃぶ台をトンネルにして、雨が降ったり寒い時にそういう遊びすると楽しいですよと、お母さんに説明して、お母さんは家でやった事を写真にとって、記録を書いてきてもらうんです。だんだんできてきたらウサギさんになってやろう、おウマさんになってやろう、真似っこ遊びをしながらと、変化を加えたプログラムを出すんですね。このように乳幼児期に一番大事なのは体作りかなと思います。
もう一つ大事なのが生活作り=環境作りです。このT君の写真にも出ていますがカラーボックスにズボンと書いてあるでしょう。ここがT君の片付けの場所ですよと決めてあげるのです。同じようにおもちゃ箱を片付けやすいように整理しましょうと、お母さんと話し合います。このようなプログラムをあるお母さんに出しました。するとこの写真にあるようにおもちゃ箱を整理してきてくれました。このように乳幼児期に大切なことは、生活づくりだと思うんです。生活づくり=環境づくりということですが、環境には二つあります。一つは物理的な環境です。物理的な環境を整えてあげることで自分で片付けられるようにする、彼等がわかりやすく分類して片付けられるように環境を整えてあげる、最終的には大人になった時に自立して生活してもらいたいわけですからそれを少しずつ幼い時から準備して行くのです。自分の服、自分の物は自分で管理できるように小さい時から少しずつ準備して行くのです。すぐにはわかりませんけれどそれを12年間やり続けるとだんだんできるようになります。そのために大人は何をしなくてはいけないかというと、場所をキチンと作ってあげることです。これはおもちゃですが、おもちゃの管理は難しくて、身の回りのシャツ、パンツ、靴下などの管理はわりと簡単なんです。どうしてかというとタンスから取らせるのは難しいのですが自分が今使う一個ずつ置いてあげると「パンツが濡れたね」と言うと置いてある一個を持って来るということはできると思います。
もう一つ大事なことは時間的な環境です。そのために、お母さんに日記をつけてもらって生活のリズムを作っていきます。乳幼児時期から青年期成人期まで基本的には生活のリズムは変わらないんです。昼寝の時間帯がなくなるだけであとの活動の時間帯は、同じはずです。例えば、学校の生活と保育所の生活を考えますと活動しているところと休んでいるところ、そして、食事の時間と睡眠の時間はほぼ同じです。ただ活動の内容が乳幼児期の場合は遊びで、学齢になると勉強、そして、大人では仕事になるのです。時間帯を考えると、午前中は9時位から12時位まで、午後が1時・1時半から2・3時位まで、そして休みが入って、また夕方までの時間です。さらに家に帰って来てから6時位から9時位までの間ですね。子どもも、大人も、だいたい決まっています。それ以外の時間は休んでいたり身の回りのことをやっている時間ですね。時間の環境を整理してあげるというのが乳幼児期の大事なことです。大事である理由の一つが見通しを持って行動できるようになるからです。次は何かという見通しを持った行動ができるようになると混乱することが少なくなります。お父さんお母さんの中には、間違って自律をとらえて、自主的な(自分で自立した形で)生活をさせるために、全てを子どもの自由にしていると言う人がいます。キチッと育てるから(小さい時に環境を整えてあるから)自立した生活ができるので(見通しができるから自立した生活ができるので)あって、何も教えないで自立した生活はできないんですね。生活のリズムを整え、周囲の物理的な環境を整えてあげることが楽しみを見つけながら自立した生活ができる子に育てることです。それが乳幼児期から学齢期の基礎的な力であるということを学ばせてもらいました。
ダウン症は早期からの教育が可能で、乳幼児期という早期から教育しますが、その教育の効果があるのもダウン症の方なんですね。早期から教育する事の意義としていくつかまとめてみました。その一つが子どもの発達を保障するということです。そして第2がよく言われているように二次的障害を抑制することです。二次的障害って何かといいますと、一つは発達の遅れですね。ダウン症で生まれたから発達が遅れるということは本来はないはずなのですが、何かが引き金になって発達が遅れるわけです。従って、発達の遅れは二次的な障害と言えます。さらにもう一つ手強いのが、引っ込み思案とわがままです。これはダウン症であるが故にというものではなくて、きちっと育てる、豊かな経験を与える、あるいは集団生活に向けてしつけることで引っ込み思案やわがままといったいわゆる二次的障害は軽減されてくると考えられます。第3の意義は親への援助です。具体的には情報の提供です。多くの方々が早期教育を受けてきているのではないかと思いますが、そこでえられた情報を後輩の方々にお伝え下さい。どんな情報かといいますと、育児に関する知識、これはダウン症だから特別というのではなくて、まず子供としてどういう育児環境が大事なのかということです。後輩のお父さんお母さんの中には、ダウン症というだけで「どう育てたらいいのかわからない」という方が多くいます。でも「まず普通に育てましょうよ」ということを伝えることが大切です。そして障害に関する知識、福祉資源に関する知識(どういう福祉を利用できるか、手帳や年金に関する情報、さらにどういう施設を利用できるかという情報)、そして就学や特殊教育に関しての知識です。今まではこの4つの情報を伝えることで終わっていたのですが、今、必要とされているのが生涯発達に関する知識だと思います。将来の見通しがたたない方が多くいると思います。彼等はどれくらいまで元気に過ごせるんだろうか?どのくらいまで発達するのだろうか?そのようなことに関する漠然とした情報もないのが現状です。どの本を開いても20歳以降の事を書いてある本はほとんどありません。そのことに私が気付いた時びっくりしました。
ダウン症に関する伝説はたくさんあります。老化が早い、短命だというものがその代表ともいえます。それらに関して調査、研究して知らせてくれる書物はどこにもないのです。伝説の多くは外国の文献にちょこちょこっと出たものが大半です。それは1960年代の研究です。その当時のアメリカでは、ダウン症の方はほとんど大規模なコロニーのような施設に入れられていたんですね。そこでのデーターでダウン症は重度か最重度の知恵遅れですよとか短命ですよと広まっていったのです。では日本の場合はどうなのでしょうか。さらに早期教育が始まってどう変わったのでしょうか。
今年の夏、居住型施設のダウン症の方々の調査のために北海道に来ました。北海道でもだんだんと居住型から通所型(自宅から通所して行く型)へ切り替わってきています。このような環境の変化によって彼等の発達にどのような影響があるのかはまだ全然知られずにいるのです。そういう事の見通しがなくてよく養護学校あるいは学校教育ができていたなぁと思います。本来早期教育のあたりからキチッとそのような事もお伝えできなければいけないのではないかと思います。
小さいお子さんをお持ちの若いお父さん・お母さんは今日持ってまいりました「言葉を育てる」という本を読んでみて下さい。本には環境の大切さを書いておきました。私は子どもを取り巻く環境には3つあると思います。一つは生活(しつけの環境)、もう一つは遊びの環境、そして3つ目が課題学習(学習の環境)です。子どもを育てようとするとどうしても学習の環境を重点的に整えようと考えがちです。しかし、生活、遊び、学習の3つの環境を揃えないと子ども達は育たないのです。遊びの環境や生活(しつけ)の環境を通して子ども達は多くのことを学んでいるのだというのをこれまで教えてもらいましたのでその辺の事を詳しく書いてあります。また、運動能力と認知的(物の操作とか知的な能力)な能力、対人的な能力を柱にして、それぞれの場面場面で行える具体的な活動をプログラムとして載せておきました。さらにダウン症のお子さんで平均的な発達を示す「あいちゃん」を主人公としたお話を紹介しています。例えば、4・5歳のあいちゃんのお話を紹介します。『4歳になったあいちゃんはそれまで通っていた通園施設から保育所に通う事になりました。通園施設での2年間で歩く事が上手になり動きもずいぶん活発になりました。何人かの顔馴染みもできもっと活発に遊べる友達が欲しい様子です。言葉の方もそれまでどうしても身振り中心だったものが「しーしー」といっておしっこを教えられるようにもなってきました。お父さんお母さんは保育所に通う事でさらに多くの友達ができ遊びが広がり言葉のシャワーを浴びもっといろいろなお話ができるようになる事を期待しています。また家庭では甘えてしまいなかなかやろうとしない服の脱ぎ着や食事など身の回りの事も友達を真似て一人でできるようになる事を期待しています。この時期家庭での活発な姿が
通園施設などの小集団の場面においても見られるようになったら力を試す新しい環境を用意する事も考えてみましょう。もちろん通う施設側の受入れ態勢などが今のお子さんの様子に相応しいかどうか特にクラスの友達の人数、担当の先生が過配でいるかどうか、慣らし保育の期間など何度か見学に行って確認しておく事が必要です』。このようにその時期その時期にダウン症のお子さんが問題になるような事があいちゃんを通して解決できるようにしています。この時期4・5歳というと、なかなか喋らずにわかるとウンウンというように身振りで示すことが多いですね。ですから「わかる言葉を貯金しましょう」とか、「早くわかってあげるよりもじっくり聞いてあげましょう」、「お話が上手でないから友達と遊べないんでしょうか?」というようなトピックをあいちゃんを通して経験できるようにしてあります。是非読んでみて下さい。
ここまでは、乳幼児期と学齢期のお子さんと出会って私が学んだことを中心にまとめてみました。私の第三の出会いが大人の方との出会いです。それまで大人の方との出会いは想像もしていませんでした。ところが私が養護学校から離れて10年ほど経った頃、先程の学習場面の写真でニコッとしていたNさんが元気のない状態になったという話を聞きました。Nさんは精神的にデリケートで調、不調の波があったのでそれかなと思っていたのですが……。
さらに私の親友の妹さんにA子さんという人がいまして、このA子さんも非常に不調になったのです。具体的には『A子さんは18歳で養護学校高等部を卒業し、知的障害者の小規模作業所に3年間通所しました。その後21歳の時に家族の希望もあって通所に便利な住居近くの小規模作業所へ措置替えされました。新たな作業所に通所し始めて半年ほど過ぎて鬱々とした症状や以前に見られなかった行動の変化、問題行動が現れてきました。主な症状は朝なかなか起きない、お漏らしをする、頻繁にトイレに行く、トイレに行くと中でぼーっとして30分も40分も出てこない。言葉は減るし声は小さくなる、いろいろな事に興味を持っていたのに興味が減退してテレビも見なくなった。自発性、意欲が低下し、家から出なくなった。すぐ萎縮してお母さんに非常に甘える行動や、引きこもり、表情が乏しくなる。頻繁に手や顔を洗う、指をこすり合わせるなどというような症状。もちろん記憶力・集中力なども低下するというような症状』が現れていたんです。でも、原因や本態はよくわからないのです。お兄さんが就職したので自宅を出たとか、妹さんが大学に行くとか、家の中でいろいろなことがありましたから、多分家の中でA子さんが話題の中心になっていなかったんじゃないのかと皆で話し合いまして、お父さんやお母さんをはじめ家族の皆が彼女の方を向いて話し合う一家団欒をもう一度作り直したらどうですかということで、数ヵ月試したところよくなりました。
A子さんの成育歴や家庭環境をみてみますと『A子さんは生下時体重が2970gで合併症なく生まれました。歩き始めが2歳、3歳から2年間通園施設に通いまして5歳から保育所に通い統合保育を受けました。その後就学は小学校の特殊学級に通い、中学校も特殊学級。さらに養護学校高等部に通い、その後作業所に通いました。24歳当時身長が 148cm、体重が52kgでちょっと肥満気味ですが健康は良好でした。構音障害もなくて日常的にはほとんど困らない程度の会話ができる。性格は情緒的にはオットリしており行動は慎重で何事にも時間は掛かりますが根気があり大抵の事は最後まで頑張ることができます。人に対しても優しく人を気遣うところがある反面とても頑固なところもあります。家庭では簡単な家事もでき小学校以降は一人で徒歩やバスを利用して通学・通所しています。もちろん病気というのはほとんどない。ということでして5人家族、3人きょうだいの真ん中です』。その当時はN子さんの問題とA子さんの問題とは別々のことと考えていました。ところが、そのうちこのような大人の方の話をよく聞くようになりました。それが10年近く前のことです。ただ、その当時は大人の方に関する知識がありませんでして、もう20代から老化が始まるのかなとか、やはりダウン症は老化が早いのかと思ってしまいました。ただ、何とかしたいという思いもありましたので、ダウン症の大人の方々の老化の度合いというのを調べようと考えました。もちろん未だに完了しないので続けてやっています。
まず、老化の度合いを調べるのに考えられることは外見上の老化です。具体的には頭の毛が有るとかないとか、白髪、眉毛から長い毛が出てくる(男の場合)、耳の穴から毛が出てくるなどは老化の一症状なんですね。目に老人環があらわれる。それから爪に縦線が入ってくる。私達も入っていますがもっとはっきりした縦線です。さらに皮膚のシミや弾性の低下です。そして皺(額、口元、耳の前、それから首)ですね。また目の下がくぼんできて、頬骨が出て、背中が丸くなる。だいたいそういうものが外見上の老化の指標です。これを持って最初は東京都下にある作業所にアンケートをお願いして協力してくれそうな所を直接回りました。地道な調査でして何年掛りにもなります。それをまとめたものを紹介します。
(調査をまとめた表を見せながら)想像していたよりも遅くて40代までほとんどないという結果でした。この結果から外観だけで評価するとそんなに老化の度合いが高くないということがわかりました。なかでも比較的早くあらわれるものとして、白髪、額の皺、歯が抜けるがあります。さらにダウン症の場合は目に特徴があるので下眼瞼がへこんでくるなど見られます。ただ歯の脱落などは現在20歳以上の人達が子どもの頃、どのような環境であったかということも考えなくてはならない要因ですね。このように白髪や皺などは基本的には私達の出現時期とほとんど変わりがないようですね。
次は行動のチェックをしました。これもいろいろ調べまして3段階のチェックリストを作りました。知的障害の方の老化の研究というのは、ほとんど行われていないので(外観の調査だけが、わずかにありましたが)老化してくると行動がどうなるのかを調べるのはたいへんな仕事でした。そのために、まず老化に関する本をたくさん調べて3段階からなるチェックリストを作りました。初期段階は『今まで以上に頑固さや甘えなどが目立つようになる(情緒がだんだん不安になる)、些細なことで怒ったりすねたり泣いたりなど感情の不安定さが目立つようになる。楽しい気持ちや嫌な気持ちをあまりりはっきり表さなくなる。嫌なことがあっても内に閉じこもってしまいグズグズしていることが多くなる。外にいることよりは家にいることが多くなる。以前に比べ活動の低下や無気力になった印象がある。自己中心的で集団の中で弱い立場になってきた。孤立的で集団内でも目立たなく一人でいることが多くなる。能力が落ちてきた印象はないけれども(ここは大事なところです、印象はないけれども)作業への適応・取り組みが悪くなってきた印象がある。寝付きが悪いなど睡眠に問題が現れてきた。食欲不振・拒食などの食事に問題が現れる。目的もなくフラフラ・ウロウロ歩くことがある。白髪が出てくる等。』です。中期になりますと『意欲の低下が目立つようになる。緩慢さが目立つようになる。依存性が目立つようになる。最近行動や興味の範囲が狭められた印象がある。しかし、自分の狭い興味の範囲内の事にはなお積極的な反応をすることがある。興味や関心はすごく狭まるんですけれど自分の好きな事に対しては一生懸命きちんとできるという事です。自分の狭い興味の範囲内の事に思わぬ活発な面もみられることがある。あとは外観的なことで、眉毛、鼻毛、皮膚の皺、足腰、背中・腰の曲り。歩行に不安定さがみられる』です。最後に3段階目後期になりますと『ボンヤリとして意欲がない、発動性がない(全く自分から動こうとしない)がみられるようになります。言葉だけでなく非言語的なやり取りも困難となる。これはとても厳しくて感情のレベルでもつながっていないなとだんだん感じるようになります。ちょうど自閉的な方と付き合っているような感じになるんです。あとは食事、着脱、排泄に介助が必要となる。それまでできていた簡単な課題に取り組むことがほとんどできなくなる。知的能力も落ちてきた印象がある』です。このようなチェックリストで調査しました。結果は、30歳代でそのような症状が突然多くなってくるんですね。行動面での変化というのがわりと早く気付かれる、あるいは先に出てくるということかなと思います。最近お子さんが年取ってきたなと感じるのは決して外観上のことではなくて何となく行動全般のところで気付かれているのかなと思います。このことは、「どういうところで能力の低下を感じますか?」という 400人位の方のアンケート調査で、『運動能力の低下、日常生活習慣や動作の低下、活動量の低下、視力、聴力』という結果と共通する結果といえます。すなわち1、2、3位は全て動きの事ですよね。動きがなんとなく遅い、滞るというところに最初に気付かれるのだろうと思います。これは一緒に生活していることでよくわかるのではないでしょうか。
もう一つ運動能力も調べてみました。健常といわれている人達は筋力はだいたい20歳代から30歳代までは伸びるといわれています、ダウン症の方々を見ると握力・背筋力は、確かにレベルは低いですけれどもグラフの形としては20歳、30歳位まで維持しています。このように、筋力に関しては私達とほぼ同じような低下を示しているんだろうと思います。敏捷性(タッピング=一分間に何回ボタンを押せるか。だいたい 200回前後押せる)も20歳中頃までは維持していることがわかると思います。30歳位から落ちてきていますから私達とほぼ同じです。一番問題なのがバランスです。目を開いて片足立ちする、目を閉じて片足立ちをするの両方をやってもらいました。30歳位までは一応維持していました。ですから衰えに気付かれ始めるのは30歳位からというのはまさにその通りです。これも私達とほとんど同じです。能力の初めの低さはありますけれど衰え始めるのは私達と同じ頃ということです。ただ全般的な値の低さは厳しい値です。このダウン症の方のバランスの悪さは生活に支障が起きるくらいの悪さといえます。彼等は幼い頃より平均台が苦手です。これは高さの問題もありますが、やはりバランスが悪いのです。こういうことから意識して階段を登らせるなど、意識的にバランス能力を育てていかなければ生活に支障を起こすことになるのではと感じています。ただ運動の力のどのグラフの形も我々と同じように20歳から30歳位までは維持していることを示しています。このことは今まで伝説的に思われていたこととずいぶん違う結果ですね。もちろん、なぜ違ったのかということも調べなくてはいけません。なぜ違うのかを調べるのはもっともっと維持させたいからで、何の要因でこれだけ良い状態にあるのかを見つけたい訳です。まだはっきりしないのですが要因の一つは地域で育つようになった(刺激が多い)事かもしれません。全体的に栄養状態が違ってきています。老化は栄養と刺激と深く関連していますから、栄養状態が格段によくなっているのが関係していることが考えられます。
また、これは通所型作業所に通っている方々のデーターです。家庭の事情で居住型の施設を利用している方もいます。私達はこれまで入所施設の方々は刺激の少ない生活をしているのだろうと思っていました。しかし、それが本当かどうかわかっていません。ただ栄養状態は多分そんなに変わらないだろうと思います。おやつを制限無く食べられるという環境ではないですが、少なくても一定の栄養状態ではあるだろうと考えられます。入所と通所の環境の違いを比較し、老化への影響を比較すると、もう少し老化についてわかるかもしれないなと思いまして、今年から入所施設のダウン症の方々にお会いして調査しているところです。
いわゆる通所型の作業所でどういう生活をしているかをちょっと調べてみまして、指導員の方々にチェックしてもらったんですが年齢が10、20、30、40代となっていて責任感に関してまず調べました。責任感の一番低いレベル(仕事を中途で止めてしまう)、真ん中(時々仕事を中途で止める)、高いレベル(仕事は最後までやる)が年齢によってどう変わるかをみました。結果は、年齢によって変化がなかったんです。ほとんどのダウン症の人達は責任感が非常に強くて最後まで頑張る人達なんだということがこれでわかると思います。出席・出勤状況も、欠勤が週の半数以上、月に数回、欠席は無いの3段階で調べました。結果は、これも真面目なんですね。欠席は無いにほとんどがチェックされました。ただ、この真面目さが時々、やっかいになるのですが……。それから持続性−すぐに課題を止める、励ましを与えると続けられる、一人で最後まで課題をやるの3段階で調べた結果、励ましが必要という結果でした。技術能力−これは釘がどの位打てるか、掃除機は使えますか等ありますが、結果はバラバラで、それぞれでした。これらを見るとだいたいダウン症の方々の特徴が出ているように思います。もう一つ調査した中でどうしてもふれておかなければならない問題があります。それは肥満です。この表を見ると女性は10代の中を過ぎるとほとんど肥満になってしまうようです。男性はちょっと遅くて20代後半位から顕著のようです。これは通所の方々の結果です。この肥満の問題は入所の方々と比較すると環境の要因がはっきりすると思います。コントロールしてあげることで入所の方々に肥満が少ないのであれば、やはり条件を整えてあげるべきだと思うのです。通所型(地域で暮らす)の方々でも条件を整えてあげることでよくなるのであればそうしてあげたいと思います。このことも入所の方々を調べた結果わかることと期待しています。
このように何年もかけて調べていますとダウン症の方々が現在平均寿命が50歳代と一応言われていますが、その50歳代までを幾つかの危機を乗り越えながら至るんだということがだんだんわかってきました。これまでの出会いを通して二つの危機があるように思います。幼い時から年齢が上がってきて、一つの危機は20歳前後にあるのではないかと考えています。もう一つの危機は40〜40代中位です。それを乗り越えた人、あるいは回復できた人達が50代60代に至る人達ではないかと思います。もちろん私達にも幾つか危機があって、それを乗り越えて80歳位までいけるのだと思います。私達の場合60歳位から能力の低下がはっきりしてくると言われていますが、ダウン症も40位歳くらいから低下が始まって60歳を、迎えるのだろうと思われます。
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