天使病院小児科医師 外木秀文
IV 学童期
パート2 学童期の一般管理
今回のテーマである学童期の子どもたちのメンタルな問題を考えるのに先立って,学校での教育について調べてみました.そこでまずそのエッセンスを書いてみます.
1 障害を持つ子供に対する教育が大きく変わりました. 昭和の時代あるいは平成のヒトケタの時代にお子さんの小学校入学を迎えることになった世代の方の中に,「特学に行かせたくないので,1年間就学を先延ばししたいのです」,「何とかして普通学級に入れるようにしてもらえませんか?」こんな相談をした経験のある方はいらっしゃいませんか?今思えば昔の「特学」すなわち「特殊学級」というのはあまりよくなかったのですね.それが平成15年から導入された「特別支援教育」で変わりました.文科省が障害児の教育の方針を変更したからです.それまでの「特殊教育」では,障害の種類や程度に応じて盲・聾・養護学校や特殊学級といった特別な場で,手厚くきめ細かい教育を行うことに重点が置かれてきたのですが,「特別支援教育」では,障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち,幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し,その持てる力を高め,生活や学習上の困難を改善又は克服するため,適切な指導及び必要な支援を行うことになりました.言い換えると,障害を抱えた子供を集めて画一的な教育を行っていたものから,その子その子に応じたオーダーメイドの教育を行っていこうとする方針転換です.
これを期に学校も先生もすごく変わりました.以前は許されていた就学猶予がほとんど認められなくなりました.「学校でしっかり教えますから,みんなと一緒に入学しましょう」ということですね.特殊学級いわゆる「特学」は特別支援級に,養護学校は特別支援学校に名称変更になりましたが,実質的な変更は名前以上のものがありました.略称も「支援級」「支援校」というのが一般的なようです.以前より「差別感」が少ないですね.
2 小学校.中学校における自立活動とは 次に特別支援教育の実施上のガイドラインとなる「教育指導要綱」(参考資料)を見ていきますと,「国語」「算数」など一般教科に加え「自立活動」という科目があります.いずれも,児童生徒本人の能力や習得レベルに合わせて目標に到達できるよう個別の指導をしていきましょうということですが,特別支援教育ならではの「自立活動」という科目について,その中身を以下に抜き出して書いてみました.
++++++++++++++++++++ 【目標】 個々の児童又は生徒が自立を目指し,障害による学習上又は生活上の困難を主体的に改善・克服 するために必要な知識,技能,態度及び習慣を養い,もって心身の調和的発達の基盤を培う.
【内 容】 1 健康の保持 (1) 生活のリズムや生活習慣の形成 (2) 病気の状態の理解と生活管理 (3) 身体各部の状態の理解と養護 (4) 健康状態の維持・改善 2 心理的な安定 (1) 情緒の安定 (2) 状況の理解と変化への対応 (3) 障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服する意欲 3 人間関係の形成 (1) 他者とのかかわりの基礎 (2) 他者の意図や感情の理解 (3) 自己の理解と行動の調整 (4) 集団への参加の基礎 4 環境の把握 (1) 保有する感覚の活用 (2) 感覚や認知の特性への対応 (3) 感覚の補助及び代行手段の活用 (4) 感覚を総合的に活用した周囲の状況の把握 (5) 認知や行動の手掛かりとなる概念の形成 5 身体の動き (1) 姿勢と運動・動作の基本的技能 (2) 姿勢保持と運動・動作の補助的手段の活用 (3) 日常生活に必要な基本動作 (4) 身体の移動能力 (5) 作業に必要な動作と円滑な遂行 6 コミュニケーション (1) コミュニケーションの基礎的能力 (2) 言語の受容と表出 (3) 言語の形成と活用 (4) コミュニケーション手段の選択と活用 (5) 状況に応じたコミュニケーション ++++++++++++++++++++
このような視点で子供たちに向き合い,根気よく指導してくださる学校の先生方に改めて敬意を抱くものです.それを心にとめて,いくつかお話したいと思います.
3 人間関係の形成について ほとんどのダウン症の子どもが小学校に入学するときに,「普通学級」,「特別支援学級」,「特別支援学校」のどれかを選択します.「普通学級」に行くことを選択した子の親は「みんなについていけないのではないだろうか?」「不当にいじめられたりはしないだろうか?」と心配します.私はこう応援します.「おそらくその心配は現実になると思います.普通級のメリットはそこなんです.他人との比較から自分の能力の足りない部分がわかるようになることや,他人の支援を受けることを恥としない気持ちを作ることです.いじめや不当に扱われることもあるでしょう.ですが,お子さんの味方になり守ってくれる子が必ずいます.あなたのお子さんとの関わりを通して多くの子どもたちが,人間にとって重要なことは能力の優劣ではなく個性であり多様性であることを学ぶことができます.お子さんはみんなにも必要な存在なのです.」
ダウン症の子どもが他人との比較の上で自分のいろいろな特性を認識するのは言語発達レベルが8歳レベルになるころと言われています.もっとも,自分のことを理解するようになるといっても,レベルは様々です.食べ物の好みや好きな色があることであったり,特定のタレントやアイドルのファンになることだったり,趣味を持ったり,自分の性格を知ることだったり,,,こころの成長とともにその深さが増すものなのです.「私はみんなより背が低い」とか「走るのが遅い」とか「字がうまく書けない」などなど.コンプレックスを感じるようになるのは,発達のいい子でも小学校の高学年から中学高校レベルの時期ではないでしょうか.自己理解の大きな課題の一つは「僕ってダウン症なの?」というものです.この質問の意味も知的成長とともに深化します.その質問に100%肯定的な答えを提供できるようにしたいものです.
自己を知ることはすなわち,自分がどこまでできるのか?他人の助けが必要なのはどんなときか?を知ることにつながります.そして,どのような支援が必要なのかを発信できるようになることが,社会的スキルの1つの目標になります.私は「支援」というものは常に双方向性であるべきと考えます.すなわちダウン症や障害のある子は‘支援の受給者’である一方で‘支援の供給者’にもなれることに思いを巡らせてみてはどうでしょうか?「友達が喜んでいるときは一緒に喜んでその人の気持ちをもっとうれしくさせてあげよう」とか,「毎朝,元気に挨拶をして,クラスの雰囲気を良くしよう」など,アイデアは無限です.この行動は自己肯定感を涵養します.これまでは,知的障害のある子どもたちの意思や欲求は保護者や支援者が代弁してきました.しかし,近年ではそうではなく,たとえ障害があってもの自分のことは自分が決めるものであるという考えに立ち,当事者自らが実現したいことを考え・言葉にしていくことが重要と考えられるようになりました.これをセルフ・アドボカシーといいます.学習指導要綱「自立活動」に「人間関係の構築」が盛り込まれているのはこれと無関係ではないのです.
4 コミュニケーション ダウン症の子供たちが言葉の理解よりも,話すことすなわち表出言語能力が低いのは良く知られています.具体的には話す内容が少ないこと,発音が聞き取りづらいこと,語尾まできちんと発音しないこと,吃音(どもり)があることなどです.原因よくわかってないのでそのスキルアップは簡単ではありません.また,ダウン症の子供に自閉症スペクトラム障害が合併することも珍しくはありません.言葉を含めてコミュニケーションそのものに関心が向きませんから,これらの子供では言葉の獲得が非常に難しくなります.注意欠如・多動性障害もしばしば合併します.こちらはコミュニケーションに集中できないため,会話そのものがあまり深みのないものになりがちです.これらの発達障害の合併は知的能力獲得の大きな妨げにもなるように思います.逆に言えば,知的レベルの低いダウン症の子ではこれらの発達障害が合併していることを疑い,専門的な診療が必要になってくると思います.それからもう一つ,ダウン症の子どもは滲出性中耳炎になりやすいですね.これは,しばしば聴力障碍の原因となり,言語発達の遅れにもつながります.時々聴力の検査について耳鼻科と相談してみることも大事です.
5 頑固なこと,切り替えができなこと 多くのダウン症の子どもはしばしば頑固なところを見せます.
自閉症スペクトラム障害の傾向があると,常同運動といって,意味不明の行動を繰り返したり,嗜好の偏りや風変わりな行動がみられることがあります.これらに関するこだわりは強いので,一見頑固に見えますが,一般的にダウン症の子どもで,頑固なところがあるというのは,これとは少し違うようです.「一人だけ絵を描いていないで,時間になったからみんなと体育館に行こうよ」といっても「いや!」,自分の思った通りにならなければ,その場から動こうとしない行動などが典型例でしょう.行動の「切り替え」がうまくできないと言った方が実態に近いようです.他人の指示を容認できず,明確な理由を示すことなく頑なに順応を拒む行為です.簡単に言うと,「夕方になったらお母さんが迎えに来るから,おうちに帰りましょう」と約束した幼稚園児が,楽しい遊びを終了したくなく,帰宅に抵抗して激しく泣く行為と一見似ています.とすると,知的能力の低下と関係すると考えられますが,ダウン症の場合はそうでもありません.年齢の増加し知的能力が向上するとともにこの行動特性が顕在化するケースも少なくありません.他者へのコンプレックスの形成に関連した精神的な反応かというとそうでもないようです.いじけているわけではないのです.2-3歳から頑固ぶりの片りんを見せる子もいますので,多くのダウン症の子に元来備わった性格傾向とみるべきです.よく言えば自尊心が高い,悪く言えばわがままですが,自身の行動を他人にあれこれ干渉されたくないというメッセージの発露のようです.この問題についてはわが子をして「手ごわい」「したたか」と評する親も多く,家庭でも学校でも悩みの種になっているようです.生活のリズムを作ることや,先々の具体的予定を提示することで目先を変えることがこの問題の克服に役立つかもしれません.今一つ総合的に検討すべき課題だと思います.
6.学習と遊びについての私の意見 子どもは誰でも勉強が嫌いで,遊びが好きなものです.大人になってもにそれは変わりません.人間は楽しく生きていきたい.遊びや楽しみのない人生なんてつまらないです.高校も後半になると,卒後のお仕事や就職活動を念頭においた学習の比重が増えてきます.私はそれよりも卒後の社会生活で楽しく「遊ぶ」ための基礎知識を得るための「勉強」が大切だと思います.他人の言葉がわかること,社会のルールがわかること,寒いとか熱いとか自然や人体のことがわかること.これらも大事ですが,「良い人」になることも大事です.努力すること,どうしようもないことをあきらめること,くよくよしないこと,自分や他人の間違えを認める寛容性,他人にやさしくできる気持ち,我慢することなどいろいろです.このような能力を社会的スキルとも言いますが,それは「処世術」のことではありません.「人間力」とか「人としての器」というべきものです.小手先で身に着けた技術がスキルならば,しっかりとその人にしみ込んだ思考・行動様式が「力」や「器」になるのです.それがどうして遊びと関係があるかって?だって,そんな人でなければ一緒に遊んでも楽しくないでしょう?もとより知能が高いほど面白い遊びが可能です.「ババ抜き」よりも「ナポレオン」の方が楽しいでしょう?テレビだって音楽だって楽しめるレベルがずっと上がります.「お母さんといっしょ」より「ジャニーズ」のほうが楽しいでしょう?「人間力」のほうは遊びと真剣に向き合いより楽しめるために必要であり,みんなで遊ぶために不可欠な力なのです.そして,「学び」は学校だけでするものではありません.家庭でもそして卒後も一生,「遊ぶために」いろいろなことを学んでほしいと思うのです.
参考文献 1. 文部科学省 特別支援学校幼稚部教育要領 特別支援学校小学部・中学部学習指導要領 特別支援学校高等部学習指導要領 https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/09/09/1284518_1.pdf 2. 竹井卓也他 ダウン症児の切り替え困難と抑制機能の関係について 東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅱ 68: 469 - 478,2017 https://core.ac.uk/download/pdf/83607136.pdf 3. 小島道男 その子らしさを伸ばす:学齢期ダウン症児の支援 脳と発達 59:125-127. 2018
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