~小児期から始める歯科衛生(歯と歯ぐきの健康保持)~
三好歯科クリニック 歯科医師 三好雅樹
食べる機能が発達していくのとともに口の中に乳歯が生えてきます。何でも食べて元気に育っていくためには虫歯や歯肉炎,歯周症があってはいけません。口の中の健康の維持と虫歯や歯肉炎にならないための注意点についてお話します。
歯の磨き方や口腔衛生の注意点等は、学童期・青年期、成人期でも同じです。
ダウン症児の歯科的特徴
1)口のなかの様子 ダウン症児の口腔内は比較的小さく、上顎骨の発育が悪いため、口蓋幅(上顎の幅)及び歯列弓幅が狭く、見ためでは口蓋が高く見えることが多いようです。また、相対的な下顎前突(受け口)と巨舌も見られます。早期療育などの成果か以前より減ってきた印象です。
歯牙については、生歯(歯の萌出)は一般に遅れることが多く、9ヶ月以後2才までの間がふつうのようです。生歯の順序も乱れたり、先天的に歯牙の欠損や歯の形の異常も多く見られ、顎の発育が遅れることもあって、ダウン症児では、乳歯のときも永久歯のときも、歯並びが悪い子が多いのです。
2)虫歯と歯周炎 従来から、甘いものを控え目にすれば、虫歯にはかかりにくいと言われてきましたが安心は禁物です。何人も虫歯になって歯科受診をしています。
ダウン症児で特に問題になるのが歯周炎です。歯を支える歯ぐきや骨の組織が大変弱くて、幼いときから歯ぐきが腫れたり、出血しやすく、学童期にはすでに、高齢者のような口の状態を呈しているお子さんもおられます。 血液成分の異常や血管系の欠陥のために、細菌に感染しやすいのが原因と思われます。この虫歯や歯周炎・歯周症を防ぐには、全身的には、身体全体の健康を維持することが重要です。また口のなかでは、歯磨きを正しく行い、歯の表面のよごれ(プラーク;細菌の塊)を落とすことと、歯ぐきをよく刺激して血液の循環を促進させることが大事になります。
専門書にはこう書いてありますが、私の診ている方ではそれほどひどい状態は余り見かけません。歯磨きの成果だと思います。
口腔内の健康を維持する実際の要点をまとめますと
バランスのとれた食事をし、甘いもの(固形物、液体)をさける。哺乳ビンにジュースなどを入れて与えることは、ダウン症児にも大変ひどい虫歯を作る原因となります。しかし、甘いものを全く与えないということは難しいと思います。与えるときには時間を決めて、決してダラダラとは与えないようにしましょう。
歯磨きは、食べたら磨くを原則とし、一日一回は汚れを完全に落とす事が必要です。特に歯と歯のあいだ、歯ぐきと歯の境目のよごれを落とすことが大事です。歯磨きが出来ない時には口をすすぐだけでもしてください。
歯磨きの仕方は正しく学んで下さい。歯ぐきは、同時に指やガーゼなどでも刺激を与えることができます。
歯の磨き方 『いつも歯をきれいに』
歯くそ(プラーク)を取り除くには、歯ブラシによるゴシゴシ磨きが最も効果的ですから、詳しく説明します。ただし、すでに虫歯ができている場合には、虫歯の穴のなかに巣くった細菌群には手が届きません。この場合には、歯科医で完全な治療をしてもらうのが最優先で、虫歯の穴だらけの口の中では、一生懸命歯磨きしても、あまり意味がありません。また、歯と歯の間も、歯ブラシが届きにくいところで、デンタルフロスという糸を使ったり歯間ブラシでの清掃が効果的です。
補助的手段として、カリカリ、サクサク、バリバリと音のするような食べ物(タクアン、ノザワナ、セロリ、リンゴなど)をよく噛んで食べることも口の中の自浄作用の促進として、とても良いことです。
うがいや洗浄も補助的手段と言えますが、プラークを取り除く効果はあまり期待できません。高価な洗浄器(ウオーター・ピックなど)は、あまりお奨めできないものです。
台所の流しにあるプラスチックのごみ入れを考えてみてください。あれは放っておくと、網目のところにヌルヌルしたものがついてきます。このぬるぬるは細菌が台所のゴミを分解して作った多糖体というものでプラークとよく似ています。ところで、この、ヌルヌルはタワシでゴシゴシみがけば簡単にとれますが、洗剤の中に浸けておいたり、水に打たせているだけではとれないでしょう。プラークも同じで、歯磨き剤や水を使うよりも、歯ブラシの毛先でゴシゴシこすり落とすのが一番良いのです。
1)『ゴシゴシ歯磨き』
それでは実際の歯磨きについてお話しましょう。
誰が磨くのか…
健常児でも3~4才まではお母さんが磨いてあげるのが原則です。能力のある子どもでは、手の訓練として自分でやらせてもよろしいですが、後でお母さんが点検(プラークが残っていないかどうか)する必要があります。
いつみがくのか…
余裕があって、3食後に磨ける方は、もちろんその方が理想的です。それができなければ、夜寝るまえに(一日一回)、全部の歯の外側も、内側も、噛み合わせのところも、磨き残しのないように、十分に時間をかけて磨いてあげてください。
歯を磨く順序を決めておくと磨き残しを防げます。子どもの時期には、歯磨き剤も使いませんので磨きすぎて歯がすり減るようなことはありませんからゴシゴシと横みがきしてよいのです。ただし、大きなストロークではなく歯二、三本のストロークで磨いてください。
前の晩にしっかりと歯磨きしていれば、朝起きた時には磨かなくても大丈夫です。プラークが歯にしっかり付着するのには、ある程度時間がかかります。また、虫歯になりかかるには48時間以上かかりますから、前の晩にしっかり磨いてあれば十分です。
どんな歯ブラシが良いか…
毛の硬さは普通で小さめの歯ブラシをみつけてください。柄の形や毛の植え方で特別のものは必要ありません。毛はきれいに洗えるナイロンの物が良いでしょう。毛先は丸めたものを選んでください。大きさは、その子の人差指と中指の幅ぐらいで十分で、大きすぎる場合には、ブラシの柄の方の毛束を1~2列、カミソリの刃で切り落してください。
今まであまり歯磨きしていなかった子や、軟らかい歯ブラシを使っていた子では、ナイロンの硬い歯ブラシでゴシゴシこすると、歯肉から出血するかも知れません。これは、今まで汚いプラークがたまっていたために、歯肉が炎症を起こしていたためで、毎日ていねいに磨いてやれば、やがて歯肉がひきしまって、血が出なくなります。ただし、歯肉に傷を付けて、痛がっているときは、傷が治るまでその場所には触らないようにしてください。
普通に使っても歯ブラシは1カ月前後で毛先が開いてしまいます。早目に取り換えてください。裏側から見て毛先がかなり見えたら換えてください。
歯磨き剤は…
プラークの除去には、歯ブラシの毛先が届けば良いので、歯磨き剤は要りません。とくに、うがいの出来ない子や、嘔吐反射の強い子には、絶対に使用しないでください。
どこで磨くのか…
うがいは要りませんから、たたみの上でも、ソファーの上でもどこででも磨いてやれます。夜寝る前の眠くなった子どもなら、ふとんの上でも良いのです。幼児では、お母さんのひざの上でみがいてあげるのが一番で、お母さんがアグラをかいて、そのアグラの足の上に子どもの頭をすっぽり入れて、天井を向けて寝かせます。こうすると、子どもの口の中がすっかり見えますから、歯ブラシをしっかり握って、ゴシゴシ磨いてあげてください。
磨いてあげる際の姿勢で大切なことは、
a.子どもの口のなかがよく見えること。 b.子どもの頭をしっかりと固定すること。 c.子どもにとっても、お母さんにとっても楽な姿勢であること。などです。
2)私の歯の磨き方…
私が子どもの歯を磨いたり、診療所で母親に指導したりしている方法を述べておきます。 別に、この方法でなければならないと言うことは全くありません。どんな方法でもプラークがきれいに取り除ければ良いのです。 歯ブラシを下図のように当てあまり大きく動かさず、歯の前後を横磨きします。
歯を磨く順序は右の図のとうり、左の下から磨き始め、左の上で終わるように磨きます。
いやがって口を開かない子では…
最初から無理に歯ブラシを口にいれようとせずに、歯ブラシを手に触れさせるなどして、根気よく話し掛けてみることです。歯ブラシや歯磨き動作に慣れさせることからはじめて、毎日少しずつ練習していけば、やがては大きく開いてくれるようになるはずです。これも一種の訓練ですから、いやがるからといって、あきらめてしまってはいけません。どうしても口を開いてくれない場合には、お母さんの左手の人差指を子どもの口のなかに入れて、左側の歯の外側の沿って、一番奥まですすめます。一番奥の歯の後方には、上下の歯肉の間に必ず隙間がありますから、そこへ力を入れて指をこじ入れるようにすると、上下の歯の間が開きます。アテトーゼなどで、口を開いたままでいるのが大変に困難な子どもでは、上と下の歯の間にガーゼを巻いた割箸(3~4本を束にする)や歯ブラシの柄をかませる方法もありますし、ゴムやプラスチックの開口保定器(バイト・ブロック)というものもあります。
ただし、金属製のものは、歯を折るおそれがありますから、使ってはいけません。また、開口器も使わない方が良いでしょう(歯の検査や歯磨きは、そんなものを使わなくても十分にできます)、いやがって口を開けないような子どもでは、だれかに応援してもらって、手や体をおさえつけなければなりませんから、それこそ大騒ぎです。
しかし、歯磨きは痛いことではないのですし、あとがさっぱりして気持ちの良いことがわかってくれば、次第におとなしくやらせてくれるようになるものです。諦めずに訓練と思ってがんばってください。
乳歯の重要性
歯科医はその職業柄、歯を大事にしなくてはいけないと口を酸っぱくして言います。でも乳歯についてはどうせ生え変わるのだからと放っておく人もまだ少数ですがいるようです。ここで乳歯の重要性について少しお話して置こうと思います。乳歯は通常8ヶ月位から生え始め、3才前後で20本の乳歯が生え、乳歯列が完成します(ダウン症児では歯が生えるのが遅れがちですが)。これから6才臼歯の生えるまでは、乳歯だけで咀嚼機能を営みます。第2乳臼歯が抜けるのは10才前後ですから乳歯が咀嚼の中心を担う時期は1才過ぎから10才前後の8~9年です。10才前後と言えば出生時と較べて体重は10倍、身長は3倍ちかくになっています。
一生のうちで、身長体重供に最大の伸びを示す時期の咀嚼の中心が乳歯なのです。乳歯にはその他に後から生えてくる永久歯がきちんと生えるようにガイドするという働きもあります。もしも、乳歯が虫歯で何本もなくなっているようでは奇麗な歯並びは望めませんし、その結果、永久歯も虫歯や歯周症になりやすくなってしまいます。
乳歯を大切にすることは、とりもなおさず永久歯も大切にすることなのです。
乳歯から永久歯への交換期以降の口腔の管理
乳歯期以降の口腔清掃は生え変わっても基本的に同じです。ただ、いくつかの注意点もあります。
乳歯期から生え変わりの時期はダウン症児では長引く傾向があるように思います。
また、永久歯の先天欠如も比較的多くみられるので、ある程度の年齢になっても永久歯が萌出しない場合には歯科医院に行ってレントゲンで永久歯がどうなっているか確認していただいた方が良いと思います。後継永久歯がない場合には乳歯を永く使う処置が必要ですし、矯正歯科の治療も現在特定の先天疾患で保険治療が認められており、ダウン症についても適用されています。
ある程度の年齢になるとみんな自分で歯磨きをするようになると思いますし、障害があってもそれは同じです。保護者の目が届かなくなる前に定期的に歯科受診をしていただければ安心できると思います。
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